テスラが完全自動運転対応の新型車両「サイバーキャブ」を発表
米EV(電気自動車)メーカーのテスラモーターズ(以下、テスラ)は2024年10月10日、発表会「WE, ROBOT」を開催し、完全自動運転対応の新型車両「サイバーキャブ」を発表した。ハンドルやアクセルペダルなどが省かれ、人間による運転は一切できないという、今までにない未来的なデザインだ。人間は運転から解放され、車内で動画を見たり仕事をしたり、好きなことをしながら移動することができる。2026年から量産が始まる計画だ。
また、10月23日の決算説明会では「来年中に運転手のいないテスラ車の有料配車サービスが展開できると考えている」と話している。実現するならば、サイバーキャブではなく既存車種を使ったロボタクシー(自動運転の無人タクシー)となりそうだ。現時点でテスラ社員向けに配車サービスを試験運用しているという。
SF小説の世界ではおなじみの完全無人運転の車がついに発表された。なんともワクワクさせられるが、一方で本当に実現できるのかという不安もある。このサイバーキャブは2026年の量産を目標としている。このスケジュールが本当に実現するのだろうか。というのも、イーロン・マスクCEOによる自動運転の予言はこれまで何度も空振りに終わってきたからだ。
*イーロン・マスクCEO、自動運転実現に関する発言
・2019年、“翌年の自動運転タクシー・サービス導入”について言及
・2020年、“翌年には顧客に完全自動運転車を届けられる”と発言
・2022年、“年内に自動運転車を米国と欧米で導入”と発言。
・2023年、“年内に完全自動運転を実現”と発言。
こうした空振りがあるがゆえに、試作車という材料があっても懐疑的な人も少なくない。たとえ技術的に可能であっても、規制当局がロボタクシーを認可するかも不透明だ。
E2E自動運転とは? 完全自動運転がなかなか実現できない事情
自動運転の研究は長年にわたり続けられてきた。ADAS(先進運転支援システム)を搭載した車種も多数発売されているが、米テスラを筆頭に、運転“支援”とうたわれているものの、人間の操作をほとんど必要せず、限りなく自動運転に近いレベルを実現しているものも多い。米グーグル傘下のウェイモは2010年から自動運転車の走行実験を続けており、2017年から一部地域で無人タクシーの試験的商用サービスを開始している。
ただ、こうした技術的進化が続いても、完全自動運転はそう簡単には達成できない。ほとんどのケースで自動運転が可能となっても、出現率がきわめて低いイレギュラー、いわゆるエッジケースはどうしても排除できないからだ。前後に走行する車両の予期せぬ動き、コンピューターが認識できないような障害物や飛来物、天候の変化など、エッジケースを生み出す変数はいくらでもある。そのすべてに対応することは難しい。この壁を破れず、完全自動運転は「もうすぐ実現」と「やはり難しい」の間を行き来することが続いてきた。
現在では、「E2E自動運転」(End to End自動運転)というアプローチが壁を打ち破る技術的突破口になるとの期待が高まり、「もうすぐ実現」の期待が高まっている状況だ。これまでの自動運転システムは知覚、予測、制御などの各工程がモジュールとして分割されていたが、E2E自動運転では一つのニューラルネットワークに統合される。
E2E自動運転の仕組みはChatGPTなどで注目を集めるLLM(大規模言語モデル)とよく似ている。単一のモデルに統合されていること、膨大なデータ量と計算資源によってトレーニングされたニューラルネットワークであること、モデルサイズを大規模化することで性能向上が見込めることなどが共通点だ。そのため、AIブームによって全世界的に強化されたデータセンターのインフラがE2E自動運転の開発に役立つという追い風もある。
E2E自動運転を採用したテスラのADASが大幅に性能向上したことで注目を集め、中国の自動車メーカーが大々的に採用しているほか、日本の自動運転スタートアップ企業チューリングもこの技術路線を採用するなど、世界的なトレンドとなっている。
ただし、期待は高いが、この技術的アプローチが最終的にエッジケースを克服できるかはまだ定かではない。
バイドゥ傘下の「Apollo Go」は無人ロボタクシーの商用サービスを開始
こうした状況の中、中国でユニークな取り組みが生まれている。検索大手バイドゥ傘下のロボタクシーサービスApollo Go(蘿蔔快跑)だ。2024年3月、湖北省武漢市で運転手を乗せない無人ロボタクシーの商用サービスを開始。現在では10都市以上でサービスを導入している。2024年6月末時点ではサービス提供回数は累計700万回を達成。中国以外の国でも展開を計画するなど破竹の勢いで成長している。
バイドゥはもともと自動運転車向けプラットフォーム「Apollo」を推進してきた。中国の自動車メーカーに加え、米フォードや独ダイムラーといった外資系自動車メーカー。そして、エヌヴィディアやマイクロソフト、インテルといった半導体メーカーやソフトウェアメーカーとアライアンスを組み、世界標準の自動運転OS(オペレーションシステム)を開発する計画だった。しかし、自動運転実現の壁が高いこと、傘下企業が必ずしも一枚岩ではなかったことから思うように計画は進まなかった。そこで自社運営のロボタクシーへと重点を移している。
このApollo Goの特徴はリモートドライバーを使った商用サービスという点にある。一見すると、運転手のいない無人タクシーに見えるが、実は安全員と呼ばれるスタッフが遠隔から走行をずっとサポートしている。危険な状況があればすぐに介入するほか、エッジケースにも対処する。中国メディアの報道によると、1人の安全員が3台の車の走行を監視しているという。ほとんどの時間は自動運転で走行するため、危険がないか見ているだけでいいというが、目を離してはいけない。3秒以上目を離すと、アラートがなり担当者が処罰されるという過酷な仕事だという。
リモートドライバーという仕組み自体はこれまでにもあったが、それを使った大規模な商用サービスは世界初だ。いわばタクシードライバーが車に乗りこむのではなく、遠く離れたコントロールセンターから操作しているようなものだが、それでも1人で3台をコントロールできるとなれば効率は高い。
また、Apollo Goは普通のタクシーとは異なり、主要道路など大きな道しか走らず、乗降地点も決まっている。一般のタクシーよりは不便だが、エッジケースが出現しないよう利用状況を制限しているわけだ。
どうやって人間と同じ運転をできるようにするか。この命題をクリアするため技術開発に取り組んできた自動運転とは異なり、今ある技術でロボタクシーをどう実現するかというアプローチである。このApollo Goの快進撃はどこまで続くのか、日本でも同様のサービスを行う企業は出てくるのか、今後が注目される。
[プロフィール]
高口 康太
ジャーナリスト、千葉大学客員准教授。2008年北京五輪直前の「沸騰中国経済」にあてられ、中国経済にのめりこみ、企業、社会、在日中国人社会を中心に取材、執筆を仕事に。クローズアップ現代」「日曜討論」などテレビ出演多数。主な著書に『幸福な監視国家・中国』(NHK出版、梶谷懐氏との共著)、『プロトタイプシティ 深圳と世界的イノベーション』(KADOKAWA、高須正和氏との共編)で大平正芳記念賞特別賞を受賞。