企業も活用するAIイラスト、ローソンも活用して物議
ローソンは、2024年10月1日より、イラストレーター「おしつじ」のオリジナルブロマイドの販売を開始しました。しかし、このブロマイドの販売が発売日当日に停止されたのです。その一因として、ブロマイドに利用されていたイラストの作成に生成AIが使われていたことに対する苦情があったといわれています。このローソンの例に限らず、生成AIを利用したイラストの作成には賛否があるところです。
この背景には、クリエイターの権利が生成AIによって不当に侵害されるのではないかという懸念があるものと思われます。
生成AIと著作権の関係を理解するには、(i)生成AIの開発・学習段階および(ii)生成AIからイラストを生成・利用する段階の双方における議論を把握する必要があります。しかし、(i)の生成AIの開発・学習段階の議論を理解するには、相当量の著作権に関する予備知識が必要なことから、本稿では、(ii)の生成AIを用いたイラストの生成・利用段階で問題になる論点についてご紹介し、企業や読者の皆さんがリーガルチェックを経た生成AIを利用する場面を想定してご説明します。
著作権法の前提知識
著作権侵害の成立要件
著作権侵害の成立要件は、①著作物性、②依拠性、③類似性、④法定の利用行為です。
①の著作物性が認められるためには、複製物のもととなったとされるものが著作物性を有していることが必要です。そして、一般的にアイデアは著作物性を有さないとされていますが、表現は著作物性を有すると考えられています。
たとえば、あるアニメについて考えてみると、そのアニメの世界観や大まかな設定自体はアイデアであり、それを真似しても、キャラクターやストーリーが別物であれば著作権侵害にはなりません。しかし、そのアニメのイラストは表現なので、イラストを勝手に複製すれば著作権侵害が成立しえます。
次に、②の依拠性が認められるためには、複製物が既存の著作物に依拠して作られたことが必要です。つまり、たまたま似ていただけでは著作権侵害にはならないのです。
③の類似性は、その名のとおり、著作物と複製物等が似ていることをいいます。
④の法定の利用行為とは、著作権法に定められている著作物の利用の態様を指しており、著作権者の許諾なくこれらを行うと著作権侵害が成立します。なお、個人が練習目的で著作物を模写するなど、著作物を私的利用することは、例外的に著作権侵害にはなりません。
このように、著作権侵害といえるためには、①~④の条件をすべて満たす必要があります。
では、画像生成AIによるイラストの作成は、上記の条件をすべて満たした場合、著作権侵害になるのでしょうか。
文化審議会著作権分科会「AIと著作権に関する考え方」
冒頭で述べたとおり、生成AIのイラスト作成による著作権侵害の有無について、日本に確立されたルールが存在するわけではありません。
そのような状況のなか、文化審議会著作権分科会法制度小委員会が「AIと著作権に関する考え方について」という資料の2024年3月15日付版(以下「考え方」といいます)を発表しました。
文化審議会は文化庁に設置された審議会で、その見解が直接法的な拘束力を有するわけではありません。当然、裁判所がこれと異なる見解を採用することは十分あり得ますし、また、近時のAIの発展は著しく、「考え方」が前提としている事実自体がまったく様変わりしてしまう可能性もあり、これに完全に依拠することはできません。
それでも、当該分科会が現状の議論を整理し、一定の方針を示したことで実務がそれに従う可能性も大いにあり得るため、「考え方」を理解することは、日本におけるAIと著作権の現状を知るのに有効であると考えられます。
特に問題になる要件
①の著作物性については、今回のテーマが人間が作ったイラストに対する侵害を念頭に置いていることから、当然に充足されています。
②類似性については、既存の著作物の表現上の本質的な特徴が感得できるかどうか等によって判断すべきとされています。これは、従来の判例の判断基準と同一であり、類似性の判断は生成AIが作ったか、人間が作ったかに関わらず同一であることになります。したがって、類似性は、従来どおり、複製物と既存著作物との共通部分が「創作性」のある表現か、ありふれた表現か等の事情を検討し、判断されることとなります。
④法定の利用行為にはAI特有の問題はありません。
したがって、特に注目すべきは③依拠性についての考え方ということになります。
依拠性
生成AIに対する依拠性の判断は人間に対するものとは、少々異なるものとされています。「考え方」は、従来の裁判例等も参照し、生成AIの利用者が既存著作物を認識していたかどうかを軸に場合分けをして依拠性の判断基準を検討しています。
これは、生成AIを用いない創作活動では、既存のイラストとその創作部分が偶然類似することは稀ですが、生成AIの場合は特別な意識・意図がなくとも、結果として既存の著作物に類似するものが作れてしまうため、生成AI特有の論点として問題になるためです。
AI 利用者が既存著作物を認識していたと認められる場合
この場合、原則として依拠性があったものと認められます。いわゆる「image-to-image」と呼ばれる、AI利用者がアニメのイラスト等を生成AIに読み込ませ、画像を生成する場合等が典型例ですが、そこまで極端でなくても、生成物が既存の著作物と類似しており、AI利用者がその既存著作物の存在を認識していれば、依拠性は推認されるものとされています。
AI 利用者が既存の著作物を認識しておらず、かつ、AI 学習用データに当該著作物が含まれない場合
この場合には、AIがただの偶然によって類似性のある作品を生成したに過ぎず、著作権侵害にはなりません。
生成AI 利用者が既存の著作物を認識していなかったが、AI 学習用データに当該著作物が含まれている場合
問題は、生成AIがある著作物を学習しており、生成AIの生成物が当該著作物と類似していたが、生成AIの利用者は当該著作物の存在を認識していなかった場合です。この場合には、客観的にAIの当該著作物へのアクセスがあったと認められることから、通常、依拠性があったと推認され、AI利用者による著作権侵害になるとされています。
したがって、AIが過去に一度でも既存著作物にアクセスしていた場合には、AI利用者が依拠性を反証する(依拠性があることについて裁判所に疑いを抱かせる)必要があり、それに失敗すれば著作権侵害が肯定されてしまいます。
つまり、AIがより多くの画像を取り込めば取り込むほどAIの性能は上がりますが、その反面、依拠性が認められる既存著作物の範囲が広がり、著作権侵害の危険性は高まることになります。
もっとも、生成AIの利用者が生成AIの学習に用いられた既存著作物の範囲を知ることは困難であり、また、その既存著作物をそもそも知らない場合には当該著作物と類似しているということを判断すること自体が不可能です。
そのような場合には、生成AIの利用者には著作権侵害にかかる故意・過失が認められず、損害賠償や刑事罰の対象にはならず、単に当該生成物の差止請求が認められるにすぎないものと考えられます。
もっとも、不当利得返還請求として、著作物の使用料相当額として合理的に認められる額等の不当利得の返還が認められることはあり得るとされています。
フィルタリングで著作権侵害は回避できる
なお、生成AIが既存著作物を学習していても一定の場合には、依拠性は認められないとされています。それは、学習に用いられた著作物と創作的表現が共通した生成物が出力されないよう出力段階においてフィルタリングを行う措置が取られている場合や、当該生成 AIの全体の仕組み等に基づき、学習に用いられた著作物の創作的表現が生成・利用段階において生成されないことが合理的に説明可能な場合です。
抽象的にいえば、生成 AI において、学習に用いられた著作物の創作的表現が、生成・利用段階において出力される状態となっていないと法的に評価できる場合には、AI 利用者においてこれを主張することで、依拠性がないと判断される場合はあるとされています。
したがって、利用者の立場としては、このような措置が取られた生成AIサービスを選択し、利用することが、法的責任を回避するための重要なポイントになり得ます。
AIイラストの今後
今後ますます画像生成AIの性能は向上し、これに伴い、画像生成AIが事業活動に用いられる場面は増加するものと思われます。
そして、既存の著作物を学習に用い、新たな生成物を生み出す画像生成AIに著作権の問題は常について回るものであり、著作権法の運用は画像生成AIの利用に大きな影響を与えることは間違いありません。
著作権者保護のため、画像生成AIに対する法規制を厳格にすれば、技術革新が損なわれるおそれがある一方で、文化の発展のため、著作物の公正な利用を確保し、創作意欲が失われないようにすることも重要です。
いずれにしても、現時点では、AIと著作権の問題について議論の段階にあり、今後の動向を注視する必要があります。
〈著者〉
菅野 龍太郎
法律事務所Z 東京オフィス 代表弁護士
第一東京弁護士会
得意分野:企業法務、渉外法務
アンダーソン・毛利・友常法律事務所入所後、バークレイズ証券株式会社出向、アマゾンジャパン合同会社入社を経て、法律事務所Zを設立。多数のクロスボーダーを含む訴訟・紛争解決、事業再生、M&A、金融法務、一般企業法務、相続案件等に従事しており、渉外案件に強みを持つ。また、アマゾンジャパンでの経験から、会社法のみならず決済関係法務にも精通し、新たな決済手段の導入や法令順守体制の構築も手掛ける。