痛点への接触確率を下げる“細い”注射針
最初に紹介するのは、医療機器・医薬品の製造販売などを手掛けるテルモの、痛みの軽減を追求した注射針です。
同社が2012年に発売した「ナノパスニードルⅡ」(ナノパス34)は、発売当時、世界最細(同社調べ)という針の細さが特徴のペン型注入器用ディスポーザブル注射針。針を細くすることには、痛点に接触する確率を下げられるという利点があり、痛みの軽減を多角的に追及した注射針としてドイツやイタリアなど海外での展開も進んでいます。
この「ナノパス34」は、糖尿病を持つ患者さんや、成長ホルモン、ワクチン注射などの自己注射をしなければならない患者を対象としたもの。病院が処方し、院内や調剤薬局で購入することを前提に展開しています。
一般に、インスリン注射をする糖尿病を持つ患者さんや、成長ホルモン、ワクチン注射などの自己注射をしなければならない患者は、注射に対する痛みや怖さを感じながら日々のコントロールを行っているという現状があります。そうした背景から、テルモは2005 年に、世界で最も細い注射針「ナノパスニードル」(ナノパス33)を発売。その後も、より痛みの少ない針の具現化に向けて技術を積み重ね、「ナノパス34」の開発に至りました。
この「ナノパス34」は、皮膚表面に1平方センチメートルあたり100~200 個分布している痛点をできるだけ避けるため、薬剤の注入しやすさと耐久性を維持する設計技術、生産技術を駆使して、針は世界最細である直径わずか0.18ミリ(34ゲージ)を実現。それまでで最細だった33ゲージと比べて、直径で10%も細くなったそうです。同社ではこうした細さによって、より傷口を小さく、浅くすることも可能になっているとしています。
また、皮膚への挿入をスムーズにするために、注射針は、独自の非対称刃面構造(アシンメトリーエッジ)を採用しているのも特徴です。針を突き刺すのではなく、カミソリのような鋭い刃先で小さく切るような工夫がなされているとのこと。さらに、薬剤を注入する抵抗を少なくするため、外径内径ともに先へ行くほど細くなる、「ダブルテーパー構造」という設計を採用しています。
なお同社では、2019年には小児用の「ナノパスJr.」も発売。これは「ナノパス34」と比べて、針を1mm短くしているのが特徴で、小児ややせ型の人など、皮膚の薄い患者でも使いやすいように工夫されているのだとか。自己注射は、場合によっては1日に数回にわたって何度も行われる治療。同社では、「ナノパス」シリーズのような短く細い針は、注射への恐怖心を和らげ、治療を続けやすくなることにつながると考えて「こわくない注射針」をコンセプトに開発を積み重ねたとしており、今後も糖尿病など自己注射をしなければならない患者の肉体的、精神的負担を軽減していく意向を明らかにしています。
皮下に埋め込んだ器具に針を刺して薬剤投与
次に紹介するのは、皮下にカテーテルを埋め込む医療器具「パワーポート」です。
「パワーポート」は、血管内治療製品の輸入販売などを手掛けるメディコンが開発した、血管系への頻回なアクセスを要する治療のために体内に留置する皮下用ポート・カテーテル。医薬品や他の液体を血管へ送る際や、血液標本の採取などの際に使用する器具で、セプタムと呼ばれるシリコーンゴム上から、ポート専用の針を刺して薬剤を投与する仕組みです。
パワーポートはカテーテルに、ポリウレタンの中でも耐薬品性に優れたポリカーボネート系ポリウレタンという素材を使用しているのが特徴。また、先端を滑らかで丸みを帯びた形状にしていることで、血管への挿入が容易になっているそうです。
こうしたパワーポートのような皮下埋め込み型ポートは、一般に、大きなセプタム部分に簡単に針を刺すことができるのがメリットとされており、1回で確実に刺すことができるので、何度も針を刺し直す……といった苦痛がなくなることが強み。
同社では小型サイズの「パワーポート スリム」もラインアップしており、こちらは小柄で皮下脂肪の薄い患者への留置に適しているほか、前胸部だけでなく上腕への留置も可能に。なお、高圧注入対応のポート専用の針「パワーロック」を併用すれば造影剤の高圧注入も可能だとしています。
VRゴーグルで仮想現実へ。映像に意識を集中させるサービス
最後に紹介するのは、「テクノロジーによる、痛み・不安の軽減」という理念をもとに2021年に設立されたxCura(エクスキュラ)が開発したVR(仮想現実)サービスです。
さまざまな診療科目でVRの試験導入を行なっていた同社は、2022年12月から「TherapeiaVR」の本格展開をスタート。TherapeiaVRは、VRゴーグルを装着しながら治療することで治療治験をエンターテイメントに変えるというサービスで、歯科治療、胃カメラの検査、心臓手術など、診療科目問わずあらゆる場面での使用が可能だとしています。
同サービスは、治療中にVRゴーグルを装着することで、意識をVR映像に集中させ、落ち着いて楽しく治療を受けられるというもの。具体的には、宇宙や海、森の中などのVR映像を見ることによって、意識を映像に集中させたり、VR映像で呼吸の長さやタイミングをガイドしたりすることができる仕組みです。
欧米での先行研究では、VRが痛みや不安の軽減に効果があることや、治療中に使用することで麻酔の量が減少したなどの報告もあるといい、減薬効果が期待されているのだそう。歯科治療や胃カメラ検査などを、つい痛みの恐怖から避けてしまいがちな人にとっては注目したいサービスといえそうです。
可能な限り細い針で痛点に接触する確率を下げる注射針、皮下に埋め込むカテーテル、さらには治療中にゴーグルでVRの世界に没入するサービス……治療には、症状によっては少なからず「痛み」がつきもののケースが多々ありますが、現在は今回紹介したような、できるだけ痛みを軽減することの可能なさまざまな製品、サービスが存在しています。そしておそらく、医療やテクノロジーが生活を豊かに、人を幸せにするものである以上、“痛み”を克服するための取り組みはこれからも続々と生まれることでしょう。治療のハードルを下げる「痛くないテック」は医療関係者のみならず、これからも注目を集めそうです。
<プロフィール>
カワハタユウタロウ
フリーライター。大学卒業後、編集プロダクション勤務を経て、Eコマース・通販関連業
界紙の編集部に約7年間所属。その後、新聞社系エンタメニュースサイトの編集部で記者
として活動。2017年からフリーランスのライターとして、エンタメ、飲食、企業ブランデ
ィングなどの分野で活動中。