プラントベースフード市場に注力するタイ
具体的な数値を見ていくと、2022年の全世界における代替肉の市場規模は150億USドル程度。と推計され、そのうちタイは8%(8.5億USドル)程度と大きな市場を形成しています。そして2024年予測値としてはタイのみで15億USドルと2022年から12%拡大する見込みと予測されています
このような状況において、タイ商務省の貿易政策戦略室(TPSO)は2024年9月、国際競争力や持続可能性を高めるために、財政政策研究所と共同でプラントベースフード産業の将来性を研究するプロジェクトを開始。生産、マーケティング、研究開発、投資、データ管理、規制改善の促進に関する具体的なガイドラインを提示しています。
なぜタイがここまでプラントベースフード市場に注力をしているのでしょうか? 今回はその理由を探りながら、2024年11月にバンコクで発見したハイレベルなプラントベースフードの事例をレポートしていきたいと思います。それらを支えるテクノロジーの可能性とは?
タイがプラントベースフードを牽引する理由とは?
はじめに、タイにおけるプラントベースフード市場が急成長している理由について考えていくと、次の3つの理由が浮かび上がってきます。一つ目の理由は、宗教的な側面によるもの。タイでは中国系タイ人を中心に約4割のタイ人が参加するギンジェーという宗教行事があります。これは毎年旧暦の9月1日から9日間行われる菜食週間(2024年は10月3日から11日まで)のことで、肉類や卵、乳製品などの動物性食品、ネギやパクチーなどの香りの強い野菜、味付けの濃い料理、酒類の摂取を控えることで身を清めて、健康や運気の向上を願うというもの。このような食習慣が受け継がれていることが、プラントベースフードの確固たる存在感に大きな影響を与えていると考えられます。
二つ目は、国際的に見てもベジタリアンやヴィーガンの割合が多いこと。ある調査によれば、ベジタリアンが31.3%、ヴィーガンが21.5%という高い数値となっており、日本の食事情とは大きくかけ離れていることがわかります。
そして三つ目は、タイには野菜や果物に彫刻を施す「カービング」という伝統工芸があり、古来から植物性食品に対する特別な付き合い方が継承されていること。このような食文化はプラントベースフードに対する肯定的理解につながっていると考察できます。
それでは実際にどのようなプラントベースフードが登場しているのでしょうか? ここからは2024年の11月上旬にバンコクで出会った、おいしいプラントベースフードの事例をご紹介していきたいと思います。
スーパーで見つけた代替肉コーナー
最も驚いたのは、スーパーマーケット。プラントベースフードが当たり前のようにずらりと並び、代替肉においては専用冷蔵庫が設置されているほど国民の生活の中に広く深く浸透している様子がうかがえます。
実際に試食をしたのが、「MEAT ZEROシリーズ」。商品は、鶏肉、ボローニャソーセージ、豚三枚肉、チキンナゲット、ひき肉など種類も豊富。開発・製造しているのは、タイ最大のアグリビジネス企業であるCharoen Pokphand Foods(CPF)で、食品研究開発センター100人以上の研究者とチームが協力して2年以上もの期間に2,000回以上の実験を経て2022年に誕生しました。
同社は開発の過程において、本物の肉の完璧な食感、味、香り、感触を生み出す「PLANT-TEC」イノベーションを発見。技術の詳細は明らかにされていませんが、食べてみると本物の肉と区別がつかないほどのおいしさに驚きを隠せませんでした。価格帯は35~45バーツ(200円前後)であり、本物の肉と同価格帯である点も見逃せません。
ホテルで見つけた「植物性チーズ」
宿泊したホテルの朝食会場でもプラントベースフードを発見しました。それは、ヴィーガンチーズ。従来の植物性チーズは大豆やココナッツを主原料としたものが主流でしたが、最近ではカシューナッツ由来の製法が急上昇。ハーブやスパイスなどと組み合わせることでグルメ度も上がっているのです。
カシューナッツを使うメリットは、たんぱく質や食物繊維、鉄や亜鉛などのミネラルや良質な脂質を豊富に含む点、発酵によって本物のチーズに近い味わいを作り出せる点にあります。実際に食べたチーズは、ほろほろとした食感や程よい酸味、食べた後の軽やかさも相まって、「これなら毎日食べたい!」と感じさせるほどの好印象を抱きました。こちらも製法の詳細は開示されていません。
自然栽培の植物性食材からつくられたプラントベースヨーグルト「flogurt」
バンコクの街中を歩いていて、「flogurt」という大きなブルーの看板を発見。想像だけではフローズンヨーグルトかなと思いましたが、正解は、100%植物性のヨーグルトでした。自然栽培によって育てられた大豆を主原料として作られる植物性ヨーグルトで、まるでデザートのようなおいしさと食べ心地に感動し、連日買いに行くほど気に入ってしまいました。日本ではこのタイプのヨーグルトになかなか出会うことができません。
特筆すべきは、乳製品、コレステロール、乳糖、遺伝子組み換え作物、グルテンを不使用なのはもちろんのこと、添加物、保存料、加工原料は一切なしで5億個の生きた乳酸菌による発酵によって製造されている点。通常の植物性ヨーグルトはおいしい風味やテクスチャーを作り出すのが難しいとされています。このヨーグルトの製法も明らかにされていませんが、際立つおいしさからも技術力の高さや専門性を実感することができます。
国家戦略としてのタイのプラントベースフード市場
現地のタイ国民から愛されるプラントベースフードはどれを食べても非常においしく、それらを生み出す開発技術力の高さに驚きました。ほとんどの食品において製造方法や開発の裏側は公開していないことは、スタートアップおよび大手食品企業を支援するタイの国家戦略としてとらえることができます。今後ますます需要が高まるプラントベース市場における国際競争力を磨き、世界をリードしていくことは間違いないでしょう。
一方、日本はヴィーガンの割合が少ないことなどが足かせとなり、プラントベースフードがタイほど普及しているわけではありません。しかしながら日本の食品加工技術は世界トップレベル。海外における優れた技術や食文化と融合すること、技術提携や資本提携によって自国内における製造・販売だけを目指すだけではなく、海外展開を計画する食品企業が今後増えていくことは容易に想像ができます。今後もプラントベースフード業界をひっぱるタイの動向と日本の追随を注目していきたいところです。
<著者>
スギアカツキ
食文化研究家。長寿美容食研究家。東京大学農学部卒業後、同大学院医学系研究科に進学。基礎医学、栄養学、発酵学、微生物学などを幅広く学ぶ。在院中に方針転換、研究の世界から飛び出し、独自で長寿食・健康食の研究を始める。食に関する企業へのコンサルティングの他、TV、ラジオ、雑誌、ウェブなどで活躍中。