歩行支援、入浴支援…介護ロボットの現在
そもそも、「介護ロボット」とはどのような性質を持つものなのでしょうか。
厚生労働省では、「ロボット」の定義について「情報を感知(センサー系)、判断し(知能・制御系)、動作する(駆動系)」という3つの要素技術を有する知能化した機械システム、と説明しています。そして、このうち「介護ロボット」については「ロボット技術が応用され、利用者の自立支援や介護者の負担の軽減に役立つ介護機器」と定めています。
では、こうした介護ロボットを取り巻く状況はどうなっているのかというと、現在は日本も含め、世界中で開発が行われています。国内では、経済産業省と厚生労働省が「ロボット技術の介護利用における重点分野」として「移乗介助」「移動支援」「排泄支援」など9分野16項目を定めており、さまざまなロボットの開発・普及を支援しています。
こうした背景から、現在は老人ホームなど介護施設の現場でも、入居者の生活をサポートするため、さまざまなロボットが導入されています。
たとえば、足が悪い高齢者が安全に屋内を移動できる歩行支援ロボット。高齢者がベッドから車椅子に移る動作をサポートする移乗支援ロボット。排泄、入浴を支援するロボット……など、多様な支援ロボットが開発されているのです。
ただ、このような物理的な支援をするロボットは、人と直接触れ合うため安全確保の観点から開発が難しいという課題もあります。そのため、平田教授によると、いまでは介護ロボットの新たな考え方が広がっており、高齢者の見守りをする「センサー」も介護ロボットのひとつとする見方もあるそう。介護施設への見守りシステムの導入が拡大しているといい、これにより介護者の巡回の負担が軽減され、現場の効率化が実現できると期待されているようです。
また、介護ロボットには運用面での課題もあります。現場の介護者や経営者はロボットに精通しているわけではないため、運用をサポートするためのエキスパートが必要ですが、そうした人々が老人ホームへ常駐するのは現実的ではありません。そのため、今後は施設内で介護ロボットを適切に扱える人材を育成する取り組みが急務といえそうです。
ウェアラブル、デジタルツイン、さらには筋斗雲!? 2070年の介護ロボット
では、このような現状を踏まえ、約50年後の2070年までにはどのように介護ロボット、テクノロジーが出現するのでしょうか。
自ら学習・行動し人と共生するロボット
予想のひとつの指針となるのが、平田教授がプロジェクトマネージャーを務める国立研究開発法人科学技術振興機構推進の、ムーンショット型 プロジェクト※「活力ある社会を創る適応自在AIロボット群」です。
※ムーンショット型研究開発制度とは、我が国発の破壊的イノベーションの創出を目指し、従来技術の延長にない、より大胆な発想に基づく挑戦的な研究開発(ムーンショット)を推進する国の大型研究プログラムのこと。
ここでは、設定された目標のひとつである「2050年までに、AIとロボットの共進化により、自ら学習・行動し人と共生するロボットを実現」に対して、平田教授は「人を過剰に支援しない」ことを重視し、利用者の行動を認識するセンサーなどを活用して利用者の「できるかも」「やってみよう」という“自己効力感”を高める技術の具現化を目指しています。
こうした技術の先に考えられるのは、まずはセンサーを活用して身体の状態を常に管理、計測できるテクノロジーです。たとえば、体にセンサー付きの洋服やアクセサリーなどを装着すると、その時の利用者の健康状態を把握できるというもの。まるで人間ドックのように診断してくれるわけです。
生成AIと組み合わせるロボット
こうした技術の先に考えられるのは、まずはセンサーを活用して身体の状態を常に管理、計測できるテクノロジーです。たとえば、体にセンサー付きの洋服やアクセサリーなどを装着すると、そのときの利用者の健康状態を把握できるというもの。まるで人間ドックのように診断してくれるわけです。
また、ChatGPTに代表される生成AIが大量のデータをもとに、要介護者一人ひとりに対してどのようなロボットを使うのが適切なのかを介護者に教えてくれるテクノロジーも考えられそうです。つまり、障害の有無や年齢などから、「こんなシチュエーションの人は、こんなことができていました」という同じようなシチュエーションの要介護者の情報を抽出し、どのようなロボットを使えばその要介護者にできる行動が増えるのかを教えてくれる、というわけです。
平田教授によると、さらにそこから一歩進んで「このロボットを使うと、こんなことができるようになります」という推薦システムや、「このトレーニングを繰り返していれば、5年後はこうなります」という予測システムも可能性のひとつだといいます。介護施設に入る前よりもむしろできることが増える……という利用者にとって理想的な姿が実現することも期待できそうです。
デジタルツインを活用したロボット
このほか、平田教授は今話題の「デジタルツイン」を活用した技術もひとつの可能性として挙げています。デジタルツインとは、インターネットに接続した機器などを活用して現実空間の情報を取得し、サイバー空間内に現実空間の環境を再現する技術。
これを活用して、リアルな環境とまったく同じ環境をデジタル上に構築し、そこで介護ロボットの動作を試してみる……などがアイデアの一例で、仮想環境で検討した結果を現実にフィードバックすることで、介護ロボットの最適な活用方法がわかるというわけです。
自由自在なロボット
さらに時代が進めば、ドラゴンボールの「筋斗雲」のような変幻自在なロボットも実現するかもしれません。平田教授の研究プロジェクトでは、「ロボティック・ニンバス」という適応自在なAIロボット群の開発を目指しており、これは筋斗雲(=ニンバス)のように、呼べばすぐに来てくれて、利用者にまとわりついたり、ちぎって体にくっつけたり、目的に応じて複数のロボットを大きな集合体にすることも、必要な支援だけを行うコンパクトな形にもなることができるロボットなのだとか。
使用することで、利用者の能力を拡張してくれるもので、平田教授は、50年後はハードウェアの技術や素材、ロボット制御の進化により、そうしたロボットを開発することが可能になっていると予測しています。
人はまだ必要?未来の老人ホームの在り方
こうした数々の便利なテクノロジーが導入された場合、未来の老人ホームはどのような形に変化するのでしょうか。
まず考えられるのは、介護士などの“人”の役割の変化です。排泄の支援や移動の支援など、これまで介護士が行っていた仕事をロボットがある程度担えるようになるため、平田教授は介護士の仕事の内容が変化する可能性を指摘します。
たとえば、高齢者がロボットを使う際にサポートしたり、ロボットが提案するリハビリの内容を最終的に調整して利用者につないだり……という具合に、人と人とのコミュニケーションを重視した仕事へとシフトする可能性が高そうです。
また、そもそも介護士という仕事がなくなるのではないかという疑問が生まれるかもしれません。これに対し、平田教授は施設が存在する限り、人が施設からいなくなることはないだろうと予想しています。施設に人が必要なくなった場合には、そもそも施設自体の必要性がなくなり、高齢者の介護はすべて在宅介護で事足りるでしょう。在宅以上の付加価値があるために施設を選択するという前提があります。
便利なテクノロジーが導入された結果、老人ホームに入居することで家にいるよりもできることが増え、より自分らしく活動することが可能になる……というわけで、まさに介護施設のひとつの理想といえるでしょう。
平田教授は、こうした理想を実現するためには、まずは「こういう世界にしたい」というビジョンを描くことが重要だと指摘しています。2070年にどのような老人ホームがある世界が理想なのか、それを利用者、介護者、技術者らがディスカッションしつつ描くことは、これから活力にあふれる超高齢社会を作るうえで、誰もが気に留めておくべきポイントといえそうです。
2070年には名称も変化?「入りたい」と思える理想の施設
これまで見てきたように、すぐれたテクノロジーの導入により、2070年の老人ホームやそこでの生活は、現代とは劇的に変化しているといえるでしょう。
そしてそのころは、もしかしたら「介護施設」という言葉自体が変化している可能性も。年をとってもできることが変わらず、むしろそこに入居することでできることが増え、多くの人が「入りたい」と思える、希望のある施設……。現在の介護施設がそんな形に変貌を遂げれば、「介護」ではなく、よりポジティブなイメージの呼び名が定着しているのかもしれません。
50年後、はたしてどのような「理想の老人ホーム」が実現しているのかは想像するしかありませんが、少なくとも現在20、30代の人たちにとって、それが楽しい想像であることは間違いなさそうです。
<プロフィール>
カワハタユウタロウ
フリーライター。大学卒業後、編集プロダクション勤務を経て、Eコマース・通販関連業界紙の編集部に約7年間所属。その後、新聞社系エンタメニュースサイトの編集部で記者として活動。2017年からフリーランスのライターとして、エンタメ、飲食、企業ブランディングなどの分野で活動中。