乳アレルギーでも食べられるアレルゲンフリーチョコレート
アレルギーのためにチョコレートを食べられないという話を聞いたことがあるでしょうか? これはあまり取り上げられない話かもしれませんが、実は乳アレルギーを持つ人は一般的なミルクチョコレートを食べることができません。また、従来のチョコレートの製造方法の多くはアレルギー対策を施すことに課題があり、産業上実現することが困難な状況と言われています。
そのブレイクスルーを作ったのが、新潟県に本社を置く日本ハイドロパウテック。同社は2014年に創業、化学薬品を一切用いることなく、極めて短時間で醸造物・発酵物を製造する加水分解技術(特許)を保有しています。例えば、食物繊維や炭水化物やタンパク質などの分子結合を切断して、任意のレベルまで低分子化させた粉末、液体原料を製造することが可能に。そしてこの技術をチョコレート製造に応用することで生まれたのが、「ANY1 CHOCO(エニワンチョコ)」です。
これまで難しいとされてきた植物性原料だけでおいしいチョコレート製品を作る秘密は、新発明の独自技術にあります。そのポイントは二つ。一つは、チョコレートの原料になるカカオニブを30分という超短時間で微細な粒子に加工できること。通常はカカオニブに衝撃を加えたり、ローラーで砕いたり、石臼の原理を用いた機械を用いるなどして1~2日を要する工程です。そして二つ目は、カカオニブだけでなく他素材も10ミクロン程度に微粒化できること。これにより、12~72時間かかるとされるチョコレートの練り上げ作業(コンチング)を大幅に短縮できるようになりました。これらの結果として、カカオの風味を逃さすことなく、深みのある香り豊かなチョコレートを超短時間で作れることに成功したのです。
また牛乳の代わりに白インゲン豆ともち米玄米を使用し、これらを分子レベルまで分解することで、植物性ならではのクセを軽減させています。現在エニワンチョコは、日本でのオンライン販売とシンガポールでの店舗販売がはじまっています。
栽培から製造までを短期間・屋内で実現する「細胞培養チョコレート」
続いては、フードテックが先行しているアメリカの事例をご紹介しましょう。アメリカ・カルフォルニアに本社を置くCalifornia Culturedは、チョコレート原料のカカオを細胞培養によって生産することを可能にしています。具体的にはカカオの品種を選択し、バイオリアクター(細胞の大量培養や生物反応を介した物質製造に用いられる大型タンク)の中で、細胞を成長・増殖させます。そして1週間くらい後に、細胞を収穫して発酵・焙煎工程を施すことに。このプロセスは、栽培や収穫にかかる数か月から数年という長い期間ではなく、1~数週間で完了することができ、カカオ農業の部分を屋内ラボで行えることになるのです。
培養チョコレートはまだ認可されていないものの、同社は現在、機能性成分を豊富に含むカカオ細胞の培養技術を最適化し、早くて2024年度中に製品を市場に提供できるよう準備を進めています。また同社に対し、明治ホールディングスが2度の出資を行い、提携関係を締結。今後は培養カカオ粉末を明治に提供し、チョコレート味の食品に使用する予定とのこと。
カカオ農家の多くは、木の高齢化や病虫害、農業資材入手の難しさ、栽培技術の周知不足が収穫減につながり、十分な収入を得ることができません。また国や地域によって、児童労働や森林破壊などの社会課題を抱えており、カカオ資源の枯渇が憂慮される状況に。これらを解決する手段として、細胞培養チョコレートが注目されており、明治ホールディングスもこれらの課題を解決するために積極的な取り組みを行なっています。
ドイツで生まれたカカオ不使用のチョコレート
最後にご紹介するのは、カカオを使わずにおいしい代替チョコを再現させる技術について。ドイツのミュンヘンに本社を置くPlanet A Foodsは、独自の発酵・焙煎プロセスを用いることにより、糖分を30%カットしながら、ココア不使用のチョコ風味製品「ChoViva(チョビバ)」を開発。口の中で溶けるような食感と濃厚なチョコレートの風味を強みに、すでに多くの小売店にて製品化されています。
製造方法はカカオ豆と同様に、植物性原料を発酵させ、チョコレートのような自然の風味を再現させるというもの。原料には、オーツ麦、ヒマワリの種、砂糖、植物性脂肪など、厳選された天然食材のみを使用。オーツ麦とヒマワリの種を古いビール醸造の伝統の発酵原理と同様の方法で精製し、ゆっくりとロースト。これらの成分を濃縮加工することで、ココアパウダーを思わせる典型的なチョコレートの特徴が生まれます。チョビバ濃縮物は2段階で粉砕され、チョコレートのように使用することができるようになると言います。
チョコレートは多くの人に愛されているものの、そのおいしさの裏には前述のような森林破壊や貧困問題に加えて、膨大な二酸化炭素排出量などの問題を抱えています。同社では持続可能な地元の食材をベースにした製品作りによって年間 5 億トンの CO2 を削減する取り組みを行っています。
チョコレートを取り巻く世界が変わりつつあることがお分かりいただけたでしょうか?今回のチョコレートのみならず、食品の開発・製造を行うためには、ヒトと環境への配慮は欠かせないでしょう。そしてこれらの課題を解決してくれる技術が続々確立しつつありますから、新しいチョコレートの世界を身近に楽しむ時代はもう目の前に広がっているのです。
<著者>
スギアカツキ
食文化研究家。長寿美容食研究家。東京大学農学部卒業後、同大学院医学系研究科に進学。基礎医学、栄養学、発酵学、微生物学などを幅広く学ぶ。在院中に方針転換、研究の世界から飛び出し、独自で長寿食・健康食の研究を始める。食に関する企業へのコンサルティングの他、TV、ラジオ、雑誌、ウェブなどで活躍中。