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「シムシティ」の世界が現実に?スマートシティがつくる未来

2024.10.02(最終更新日:2024.10.02)

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今、日本をはじめ世界でスマートシティ実現に向けた取り組みが進んでいます。ですが、その中身についてはあまり具体的なイメージがわかないのではないでしょうか。スマートシティの意義とはなんなのか、それを考えるためには「目指すべき未来社会の姿」から考える必要があります。

ソサエティ5.0とスマートシティ

日本政府は2016年の第5期科学技術基本計画において、目指すべき未来社会の姿として「Society5.0」(ソサイエティ5.0)を提唱しました。「仮想空間と現実空間を高度に融合させたシステムにより、経済発展と社会的課題の解決を両立する、人間中心の社会」を目指すことがうたわれています。狩猟社会、農耕社会、工業社会、情報社会と人間社会は進化を続けてきましたが、さらに新たなステージへと進化させようという未来感あふれる構想です。

面白いのが、未来の社会は私たちが生きている情報社会とは別物だという点です。人間社会は今後も情報化、デジタル化の方向に進んでいくことは間違いありません。だとすれば、情報社会とソサイエティ5.0は何が違うのでしょうか。

大きくわけて3つの要素があると考えられます。第一がデータの連携です。現在でもさまざまな形でデータが記録されていますが、個別に管理されているデータが多く、組み合わせて使うことが困難なケースがほとんどです。データが流通する仕組みを作り、複数のデータを組み合わせて使えるよう標準化し、個人や企業を簡便に確認できる認証の仕組みなどが必要となります。

第二に情報処理です。情報社会でも大量のデータが扱われていますが、そのデータをどのように処理するかは人間の仕事でした。実際の作業はコンピュータによって自動化されていたとしても、どのようなデータを使ってどのような課題を解決するかまで考えるのは人の役割です。新たな社会ではAI(人工知能)の発展もあり、データ連携によって得られたさまざまな情報をコンピュータが分析し、どのような行動が必要かを人間に提案するようになります。

そして、第三に仮想空間と現実空間の融合です。コンピュータやスマートフォンの中の世界と、私たちが生きている現実は別世界である……というのは当たり前の話ですが、その関連性が高まっていくことを指します。最終的には社会全体でこうした融合が進められますが、最初の段階では地域ごと、都市ごとに個別の取り組みを進めることになります。その意味で「スマートシティは、Society 5.0の先行的な実現の場」(内閣府公式サイト)と考えられるわけです。

「水道メーターによる空き家の把握」と「見守りサービス」…意外なものがセンサーに

今、日本ではどのようなスマートシティの取り組みが始まっているのでしょうか。『スマートシティ・ガイドブック第2版』(内閣府・総務省・経済産業省・国土交通省スマートシティ官民連携プラットフォーム事務局、2023年8月)は各地の事例を紹介しています。

自動運転バスやドローンを使った山小屋への配送といった、わかりやすく未来感を感じさせる取り組みもありますが、前述したデータ連携、情報処理、仮想空間・現実空間の融合という視点から見た典型的な事例を2つご紹介しましょう。

一つはさいたま市の「水道メーターによる空き家の把握」。1年以上契約のない水道メーターが存在する建物を空き家と判断し、デジタル地図上にその分布状況をマッピングするという仕組みです。自治体は住民登録データや住所データを持っていますが、実際にその住所に人が住んでいないことはよくある話です。

新型コロナウイルスの流行初期、日本政府は全国民にガーゼ・マスクを配布しましたが、その手法は全戸配布、人が住んでいる家も住んでいない家もお構いなしに、すべての郵便受けにマスクを入れるというものでした。なんとも粗っぽくムダが多い手法に思えますが、住民を正確に把握する手段がなかったため仕方がありませんでした。複数のメーターがリアルな居住データが得られれば、町作りやインフラ整備、防犯対策、あるいはビジネス応用などさまざまな活用が期待できます。

「水道メーターによる空き家の把握」に取り組むさいたま市(PIXTA)

もう一つは兵庫県加古川市の「見守りサービス」です。子どもや認知症の高齢者に見守りタグを配り、行方不明になったときは捜索できるというサービスです。何がユニークなのかというと、見守りタグの移動記録を捕捉する検知機は固定式の機器だけではないという点です。スマートフォンに専用アプリをインストールしたボランティア・ユーザー、郵便車両、公用車なども検知器としての役割を果たします。

数ある事例の中からなぜこの二つをご紹介したのかというと、前者は水道メーターをセンサーとするもの、後者はボランティアや郵便車両、公用車をセンサーとしてデータを収集しているからです。仮想空間と現実空間の融合のためには、社会で起きた事象をセンサーによってデータにする必要があります。センサーといってもその形態はさまざまで、水道メーターであっても、あるいは誰かのスマートフォンであっても、その役割を果たせるわけです。

まだまだ先駆的な取り組みですが、将来的には「空き家と判断された場所は警官の巡回を増やす」「見守りタグを持った人が指定区域から離れた場合は行方不明と見なして保護者や警察に通報する」といった自動的な情報処理とフィードバックへと発展する余地があります。

世界のスマートシティ、二つに一つは中国にある

スマートシティ建設を進めているのは日本だけではありません。世界各国で取り組みが進んでいますが、特に突出した動きを見せているのが中国です。前瞻産業研究院によると、中国ではスマートシティの取り組みを進める都市は749カ所に達しています。全世界のスマートシティ推進都市の過半数が中国にあることになります。

また、前述のとおりスマートシティはセンサーによる情報収集がきわめて重要です。低コスト、かつ電力消費が少ないIoT向けの通信規格としてLPWA(ロー・パワー・ワイド・ネットワーク、IoT向けの通信規格)があります。中国インターネット情報センターの統計によると、中国のLPWA回線数、接続機器数は2023年末時点で23億3200万台に達しています。こちらも世界の過半数を占めると推計されています。

中国通信機器・端末大手ファーウェイの本社ショールーム、スマートシティの展示。(2020年1月、筆者撮影)

さて、一口にスマートシティといっても、その取り組みは多様です。人感センサーを使って街灯をオンオフする省電化という取り組みから、部門を超えた行政データの連携により役所を転々としなくても、どこか一カ所の窓口を訪問すればすべての手続きが完結するという行政サービスなどさまざまです。

その中にはちょっとやりすぎのデータ連携もあります。広西チワン族自治区南寧市青秀区は昨年、新たな駐車場システムを発表しました。公共駐車場の料金を滞納しているユーザーに対して、一定額を超えるとコンピュータが自動的に裁判所にデータを送り、債務者リストに掲載するというものです。

データ連携と自動化という意味ではまさにスマートシティらしい機能なのですが、コンピュータが自動的に人間を訴えるという仕組みはあまりにも非人道的ではないかと炎上、撤回されました。

スマートシティには多くの利便性がありますが、一方で個々の人間の事情を斟酌(しんしゃく)せずに機械的に判断してしまうこと、今までは収集できなかったデータが把握できてしまうことで軽微な過失でも大きな問題として扱われかねないという課題があります。

たとえば自転車の交通違反。自転車といえども立派な車両ですから交通ルールを遵守する必要はありますが、人通りが少ない道では多くの人がルールを守らない乗り方をしているのが実情です。そこに監視カメラをつけて、他に人がいようがいまいがルール違反は全員捕まえるというやり方をすれば、その場所を通る人はほぼ全員が犯罪者となりかねません。もちろんルールは守る必要はありますが、現在の慣習とどう整合性をつけるのかが問われているのです。

ゲームのように行政を

そうした課題がある一方で、ともかくスマートシティのシステム、機能を完成させようと、中国はシャカリキになって邁進しています。私は昨年、建設中の副都心である雄安新区を訪問しましたが、印象的だったのは市の中心部に巨大なデータセンターが建設されていたことです。雄安新区は全国の模範となる最先端の街作りを進めていますが、そのキモとなるのがスマートシティです。現実の街を建設するのと並行して、その街のあらゆるデータを収集してデジタル空間にコピーを作り出す、いわゆるデジタルツインを推進しているのです。

雄安新区の都市データセンター(2023年5月、筆者撮影)

デジタルツインが実現すると、何が問題なのか、どのようにすれば解決できるのかが非常に明確になります。コンピュータの中に現実の街とそっくりそのままのデジタルコピーの街があるので、渋滞であれインフラの欠陥であれあるいは産業や商業施設の不足であれ、コンピュータの情報を見るだけで一目瞭然となります。

中国のITソリューション展示会では、こうした行政向けスマートシティ・システムが盛んに販売されています。現実世界をコピーした都市の地図と映像がディスプレイに映し出され、ある地域の住民数や産業といった商業データ、あるいはビル火災が起きたときには現在取り残されている人数、付近の消防車の数などがリアルタイムで表示されます。

「シムシティ」という名作シミュレーションゲームがあります。プレイヤーはコンピュータの中に自分の街を作っていくのですが、電力不足や渋滞というインフラの問題、娯楽や病院が足りないという住民の不満などはすべて画面に表示されます。その不満を解消していけば、素人のゲームプレイヤーでも大都市を建設、運営することができるようになるという仕組みです。

街に住む多くの人々のさまざまな不満と課題を把握することは決して容易ではありません。選挙や世論調査、メディアの報道を通じてそうしたニーズを把握するのが現代の政治ですが、スマートシティが進展していけば、デジタル技術を使って街の隅々、人々の不満をシムシティのように都市行政の責任者が把握できるようになっていきます。それがスマートシティの最大のメリットと言えそうです。


[プロフィール]
高口 康太
ジャーナリスト、千葉大学客員准教授。2008年北京五輪直前の「沸騰中国経済」にあてられ、中国経済にのめりこみ、企業、社会、在日中国人社会を中心に取材、執筆を仕事に。クローズアップ現代」「日曜討論」などテレビ出演多数。主な著書に『幸福
な監視国家・中国』(NHK出版、梶谷懐氏との共著)、『プロトタイプシティ 深圳と世界的イノベーション』(KADOKAWA、高須正和氏との共編)で大平正芳記念賞特別賞を受賞。