マイナ保険証の利用率は1割にも満たない…厳しい現状
現行の健康保険証は2024年12月2日をもって廃止(新規受付・再発行の停止)され、マイナンバーカードへの完全移行が予定されています※1。このマイナ保険証の導入は、医療デジタル化の中での重要なステップとして位置づけられています。というのも、マイナ保険証は、医療情報の一元化と迅速な共有を目的として導入されるものだからです。
しかしながら、マイナ保険証の利用率は2024年6月で9.9%と、1割にも達していません。メディア等の報道に顕著にあらわれていますが、データのセキュリティに対する不安や、システムの操作性に対する懸念が国民のあいだで根強く残っています。これらの問題が、利用の低迷だけでなく、実際に正確な診療データが提供されることへの信頼性に影響をおよぼしているのです。
そのため、厚生労働省は、「マイナ保険証の利用促進強化月間」を2024年5月から7月にかけて実施。医療機関等の窓口での声がけやチラシの配布などで患者が新しいシステムを安心して利用できるようサポートしてきました。この強化月間はすでに終了していますが、引き続き国民の理解を得るための施策や操作性の向上が必要となるでしょう。
急成長を遂げる、日本の薬局ICT市場
マイナ保険証による医療情報の一元化が進められる一方で、薬局業界もまた、ICT技術の進展によって劇的な変化を遂げています。一例を挙げると、「テレファーマシー」の拡大です。テレファーマシーとは、薬剤師と患者をオンラインでつないで安全で効果的な薬物治療のための、薬剤師による服薬指導や相談、調剤や薬の配送といったサービスの提供を行う仕組みです。
こうした遠隔医療サービスは、特にデジタルに慣れた世代やアクセスが困難な地域の患者にとって、大きな利便性を提供しています。COVID-19の発生を受けて、注目が集まったテレファーマシーですが、引き続き2024年以降もオンラインでの薬剤師による服薬指導や処方箋のリフィル、薬剤管理が一般化していくことから、さらに薬局の役割が変化することが予想されます。
従来はコロナウイルスの感染患者を想定した、薬局と患者自宅の間でのオンライン服薬指
導を想定しておりましたが、現在では、自宅で調剤薬を受け取れるようになるサービスも登場し、また生活習慣病を中心とする幅広い疾患において、オンラインで服薬指導を行える薬局も増加しており、患者の利便性はさらに向上しています。
日本の薬局ICT市場は、2030年までに年平均成長率8.62%で成長すると予測されています※2。一般的に、年平均成長率が5%を超える市場は急速に成長しているとみなされ、8.62%という成長率は非常に高い水準です。この成長の背景には、高齢化社会における薬剤師の作業負担を軽減し、調剤ミスを防ぐための技術導入が求められていることがあります。
日本の医療品市場は、2012年以前はアメリカに次ぐ世界2位の市場で、2013年に中国に抜かれましたが、それでも世界第3位の規模を持っています※3。この市場規模から世界的にも重要な市場として認識されており、薬局ICTの分野は海外からの参入も予想されているのです。
生涯に渡って個人の健康データを管理、活用できるツール
ICTの進展がもたらす変革は、薬局業務の範疇にとどまりません。その1つが、クラウドなどを通じて患者個人の医療情報を一元管理する「PHR(パーソナル・ヘルスレコード)」です。PHRは、日本語で「生涯型電子カルテ」などと呼ばれるように、生涯に渡って個人の医療・介護・健康データを管理、活用できるツールです。
PHRでは、患者が自分の意思のもとに健康情報を医療機関などと共有することも可能です。これにより、それぞれの患者に応じた個別化された治療を受けることができます。かかりつけ医以外の医療機関でも正確な情報を迅速に得ることができるため、転院や緊急時の処置においても役立ちます。
また、生活習慣病などの慢性疾患をかかえる患者の、日々の生活習慣改善にも、PHRによる効果が期待されています。スマートフォンのアプリなどに血糖値や血圧といったデータが可視化され、適切なアドバイスが表示されることで、運動や食事など生活習慣の改善につながりやすいのです。
さらに、PHRでは医療機関をまたがって患者の情報を正確・迅速に確認できるため、問診や検査などの一部が省略・簡略化でき、医療費の抑制にも寄与します。超高齢社会において労働人口が減少している現状では、現役世代にかかる負担がますます増加しています。ICTの活用により、医療サービスの効率化は喫緊の課題であり、PHRはそのなかで重要な役割を果たすことができるのです。
遠方の医師が自宅にいる患者の診察ができる時代へ
日本は南北に長く、約75%が山岳地帯で1万4,000以上の島々から構成される地理的に分散した国です。さらに深刻なのが、超高齢社会とそれに伴う労働人口の減少です。こうした課題を改善に導くにはICTの活用がカギとなります。
たとえば、遠隔診療システムを利用して医師が離れた場所から患者を診察し、調剤薬局との連携を図ることで、患者が自宅にいながら適切な医療を受けることが可能になります。労働人口が減少するなかで、ICTの導入は、限られた医療リソースを最大限に活用し、効率的かつ高品質な医療サービスの提供を実現していきます。
医療体験の向上と効率化を両立する医療DX
マイナ保険証の導入をはじめ、薬局業界におけるICTの進展は、日本の医療システム全体に革新的な変化をもたらしています。この変革は、患者一人ひとりの医療体験を向上させ、健康管理をより効率的かつ効果的に行えるようにするものです。しかしながら、この変化には技術的な課題や、患者と医療機関とのあいだで新たなコミュニケーション方法を確立する必要があります。
こうした課題をひとつずつ解決していかなければなりませんが、ICT技術の導入は、医療リソースの有効活用を促進し、増大する医療費や高齢化社会の課題に対応する手段として、今後もますます重要性を増していくでしょう。
[プロフィール]
新上幸二
株式会社アクシス
取締役
東京大学医学部健康科学・看護学科を卒業した後、会計系コンサルティングファームに入社。以後、スタートアップ企業、インターネット関連企業の企業役員を歴任。2021年6月、アクシスルートホールディングス株式会社入社。2022年5月より現職。営業部門の管掌および新規事業に従事。