イギリスではすでに当たり前。フードテック躍進を実感するトピックスとは?
① 完全栄養食の存在感が増している(ヘルスフードテック分野)

まずは日本よりも大きな先進性を感じた「完全栄養食」の事例からはじめていきましょう。日本においても同コンセプトを掲げる食品ブランドが少しずつ登場していますが、イギリスではより強い存在感を放っていることを実感しました。ドラッグストアはもちろんのこと、スーパーマーケットのドリンクコーナーには必ずと言っていいほど、冷蔵庫の見やすい場所に完全栄養食が並んでいます。
中でも一番目立ったのが、「Huel(ヒュエル)」。世界100カ国以上で3億食以上を販売する実績のある完全栄養食のブランドです。「動物や環境への影響を最小限に抑えた、便利な完全栄養食を作り、多くの方が続けやすい価格で提供する」をコンセプトに、素早く食べることができる栄養バランスの取れた食品を製造・販売しています。

驚いたのは、駅構内の自動販売機でも見かける点。イギリスで忙しい毎日を過ごす現代人の生活にいかに浸透しているのかを実感しました。そして特筆すべきは、同ブランドが食事摂取基準値の数値を満たしているだけの数字合わせや名前先行の商品ではない点にあること。
食物不耐性(ラクトース、大豆など)やアレルギー、宗教上の食習慣(動物性素材)などにおいても広くカバーする原材料や製法にこだわり、使用する水や副産物のリサイクルまで細かく設計されています。つまり、消費者の一次的願望としての“忙しい時の食事代替食”という次元をはるかに大きく超えた商品設計になっているのです。これは日本ブランドではまだ見かけないレベル。詳しい製法は開示されていませんが、ブランドコンセプトを実現するための徹底した商品設計と製造技術が根底になる、未来志向の食品であることは間違いありません。これらを可能にしているのは、学術研究と食品開発の連携による技術力の結晶に他なりません。
②おいしいミートフリーがスタンダードに(植物由来の代替タンパク質)

ふたつめは、持続可能な食料供給を実現するための「代替フード」が浸透している点。日本においても植物タンパク質を用いた植物性食品や、いわゆる「培養肉」などの細胞性食品の開発がはじまっているものの、消費者の嗜好やニーズがついて行けていない現状があります。一方、イギリスのレストランに足を運んでみると、ハンバーガーショップなどのファストフード店においても当たり前のようにヴィーガン対応のミートフリーメニューがラインナップされ、注文シーンに出くわすことが頻繁にありました。
私があるハンバーガーカフェでビーガンチキンプレートを注文して実食したところ、大きな感動をともなう満足感がありました。このハイレベルなおいしさを支えているのは、製造元の技術の高さに尽きます。
実際にイギリス国内で流通しているミートフリーなプラントベース商品を見ていきましょう。バーガーパテやミートボールは当然のこと、ローストターキー、プルドポーク、チキンパテ、ソーセージ、スクランブルエッグ、スモークハム、サラミまでそろっていることに驚きを隠せませんでした。


世界の代替タンパク市場は2030年までに6兆5,000億円(2022年と比較して約4倍)に成長すると予想されており(※)、大手食品企業であるユニリーバ、テスコ、ネスレなどがプラントベース食品への投資を強化しています。日本企業がこのスピード感についていけているか? とやや不安になったというのが本音です。
③ホテルにおけるサステナビリティ推進の実行力(フードロス削減、アップサイクル)

イギリスの老舗ホテル「The Savoy(以下、サヴォイ)」を訪れて実感したのは、サステナビリティに対する実行力の高さです。ホテルにおけるサステナビリティ事例と言えば、環境に配慮したアメニティ、清掃の省力化、プラスチック削減などが主流ですが、サヴォイにおいては食シーンにおける実践例が印象的でした。
具体的な食シーンにおける実行例は次の通り。日系ホテルと比較した場合、サービス開発や提供の流れの中に一貫したシステムが確立されており、それらを明確に公言している点において明らかな先進性を発見することができます。
・テーブルウォーターは、レストラン内のテーブルウォーター・ボトリングプラントで調製。
・ホテルにおける電力消費量、水の消費量を測定。定期的に分析することでさらなる節約に努めている。
・レストランではホテル内のハーブ農園で採れたハーブをはじめ、地元産の持続可能性の高い旬の食材を積極的に使用し、廃棄食品は再生エネルギー用にリサイクルしている。
・トラファルガー広場のカナダハウス屋上にハチの巣箱を寄付、都市養蜂の促進をサポートしている。
・ワインのコルクは、地元の小学校でクラフト材料として活用することで、リサイクルを実現。作品をチャリティ活動の一環として販売している。
これらを継続的に推進できているのは、顧客の目には見えにくいシステムやテクノロジーのおかげといって過言ではありません。食品ロス削減、アップサイクル分野において実行例が公言されつつ、それらの強化・拡充を実現させるための連携企業の競争が活発化していることがうかがえました。日系ホテルにおけるサステナビリティに「企業の社会的責任」という要素が強く感じられる一方で、英国ホテルにおいてはサービスの見えにくい部分にまで戦略的に自然に組み込まれていることに、次元の違いを感じたことは間違いありません。
欧米のフードテックの躍進から考える日本の未来は?
今回はテクノロジーの実用化によって社会に浸透している事例をお伝えしました。日本のフードテックの未来を考えた場合、国や企業が揺るがないミッションやコンセプトの強化し、戦略を具体化していくことは、今後の課題にもなってくるでしょう。今後も欧米におけるフードテックの躍進については、リアルでの展開も含めて注目していければと思います。
<著者>
スギアカツキ
食文化研究家。長寿美容食研究家。東京大学農学部卒業後、同大学院医学系研究科に進学。基礎医学、栄養学、発酵学、微生物学などを幅広く学ぶ。在院中に方針転換、研究の世界から飛び出し、独自で長寿食・健康食の研究を始める。食に関する企業へのコンサルティングの他、TV、ラジオ、雑誌、ウェブなどで活躍中。