建築材料としての「木」の特性
そもそも、「木材」にはどのような特性があるのでしょうか。
木材には、周囲の温度や湿度の変化に合わせて空気中の水分を放出したり吸収したりする「吸放湿作用 」があります。たとえば室内が乾燥している状態では、木の中に含まれている水分を放出して湿度を上げ、反対に湿気が多い状態では余分な湿気を吸収しようとするわけです。こうした特性は、夏は湿度が高く、冬は乾燥する日本ではメリットといえるでしょう。
建築材料としては、軽いため鉄骨と比べて運搬しやすいのが魅力。また、加工が容易なので、建築デザインの自由度が高いことも特徴のひとつです。
運動靴、化粧品にも活用……木を使った新たな素材開発の最前線
木材は、建築資材やエネルギー燃料といった従来の利用方法にとどまらず、現在は木の主成分であるセルロース、ヘミセルロース、リグニンなどをはじめ、木質バイオマスを材料とした新素材の開発も進められています。
そのひとつが、植物由来の新素材である「セルロースナノファイバー(CNF)」です。これはセルロースを化学的・機械的に処理してナノサイズまで細かく解きほぐした極細繊維状物質で、軽量でありながら高強度で、高い耐候性を持つなどの特性を持っています。現在は、さまざまな分野でその特徴を活かした製品が実用化されており、紙おむつ、筆記用インク、運動靴、化粧品、食品などで使用されています。
木質系新素材は、これだけではありません。「改質リグニン」は、日本固有樹種であるスギのチップにポリエチレングリコールを混ぜて加熱し、リグニンを改質・抽出した素材。加工性が高く、熱に強いという特性を備えており、さまざまな材料と複合化することで、高耐熱性プラスチックや繊維強化プラスチックなどの製品原料としての利用が可能とされており、今後の製品化が期待されています。
「木の家は2階まで」は古い!? 木造の高層建造物の最前線
木造建築といえば、これまでは平屋か2階建てまでの低層住宅、というのが一般的なイメージでした。ですが近年は、環境意識の高まりや、耐震性能や防耐火性能等の技術革新という背景から、木造による中高層建築物の計画が次々と発表されています。
はじめにご紹介するのは、国内最大・最高層となる木造賃貸オフィスビルの事例です。
三井不動産は2024年1月、東京都中央区日本橋に国内最大・最高層となる地上18階建て、高さ84mの木造賃貸オフィスビルを建設するプロジェクト「(仮称)日本橋本町一丁目3番計画」を発表しました。ビルは鉄骨と木造のハイブリッドで、竣工は 2026 年度を予定しています。
これまで、都市部の木造建築では鉄骨・RC造建築と比べて耐火性能の確保が難しく、さらにオフィスで求められる無柱・大空間を木造かつ高層ビルで実現するには構造上の課題などもありました。そこで同社では、設計・施行を担当する竹中工務店の国内初適用となる木造・耐火技術を多数導入し、主要な構造部分に木材を活用。具体的には、3時間耐火集成材「燃エンウッド」や、鉄骨の耐火被覆に木材を用いた2時間耐火木被覆技術「KiPLUS TAIKA for CFT」、「KiPLUS TAIKA for BEAM」などを採用。都市部の高層ビルに必要な耐火性能・構造性能を確保できるめどが立ったことから、同計画が実現したそうです。
同社では、木材の活用が建築時のCO2削減に寄与するとみており、同計画の効果としてSDGsや環境への貢献に期待。また、同計画では三井不動産グループの保有林約100㎥を含めた1,100㎥超の国産材を構造材として使用しており、森林資源と地域経済の持続可能な好循環への貢献を目指しています。
同社では「木造オフィスビルの市場需要は、SDGs・脱炭素への意識が高まっている社会背景とバイオフィリックデザインの考え方にも着目されている昨今の潮流から、増大していくと考えられる」としています。
伝統的な工法の“純木造”ビルも登場
さらに“純木造”のビル建築の動きも出始めています。
注文住宅事業などを手掛けるAQ Groupでは、2024年4月に埼玉県さいたま市に、純木造8階建てのAQ Group 本社ビルを建築しました。同ビルは、純木造中規模建築物の普及型プロトタイプとして建築されたもので、国内で最も普及している伝統的な工法の「木造軸組工法」をベースとした技術を採用。一般的なビルで使われる免震装置を用いず、木材だけで建物を組み上げる「木組み」の構造体で設計・施工しているのが特徴です。
木造中大規模建築は、これまで高い建築費が普及上の課題となっていましたが、同社では、モジュール化やグリッド化によって材料を無駄なく使用。また、これまでのビル建築の主流は大断面集成材などの特殊材でしたが、今回の本社ビルでは一般流通材を組み合わせることで同等の強度を実現し、さらに特殊な金物ではなく住宅用の金物の組み合わせで接合することなどで、一般大工でも施工が可能に。こうした工夫は建設コスト削減にもつながり、これまでの木造ビル建設と比較して二分の一のコストでの建築を実現しています。
同ビルは、各省庁からの視察を含む多方面からの問い合わせが相次ぐ中、今後については、「日本全国にフォレストビルダーズを結成し、高い技術を持った意匠設計者や構造設計者、プレカット業者と連携するなどして、組織力で普及に努める」ことを構想。中大規模木造建築を精力的に展開していく方針です。
木造ビルはこのほかにも、海外で着工する事例も登場しています。たとえば国内外で建設事業を展開する大林組は、オーストラリア企業との共同企業体で、2022年8月から木造ハイブリッド構造としては世界最高となる高さ182m、地上39階建ての高層ビルプロジェクト「アトラシアン・セントラル新築工事」に着手。ニューサウスウェールズ州シドニー市に建築される高層ビルで、7階から上階は鉄骨と、板の層を各層で互いに直交するように積層接着した厚型パネル「CLT」を採用した木造ハイブリッド構造になっているのが特徴。工期は2026年までを予定しており、世界で最も高い木造ハイブリッド構造のビルとして完成後、注目を集めそうです。
木造人工衛星、2024年9月に宇宙へ!
木材の活用はビルや住宅にとどまりません。なんと現代では、人工衛星にも活用されています。
京都大学と住友林業は2024年5月、約4年をかけて共同開発した世界初の木造人工衛星「LignoSat」が完成したと発表しました。木造人工衛星は 1辺が 100mm 角のキューブサットと呼ばれる超小型の衛星で、構体には、宇宙で安定して使用できる樹種としてホオノキ材を使用。構体の構造には、ネジや接着剤を一切使わずに木と木を強固に組み上げる「留形隠し蟻組接ぎ」と呼ばれる日本古来の伝統的技法を採用しています。
従来、役目を終えた人工衛星は宇宙ゴミにならないように大気圏に再突入させて燃焼させることが国際ルールとなっていますが、金属製の衛星は燃焼の際に微粒子を発生させ、地球の気候や通信に悪影響を及ぼす可能性があるとされていました。一方、木材であれば大気圏への再突入の際に燃え尽きるというメリットがあるため、将来的に木造の人工衛星が増えることで、この影響の低減が期待できそうです。
この木造人工衛星は、9 月に米国フロリダ州のケネディ宇宙センターからロケットに搭載されて打ち上げられ、国際宇宙ステーション(ISS)に移送。ISS到着から約1カ月後に「きぼう」日本実験棟から宇宙空間に放出される予定です。
高層ビルから人工衛星まで、さまざまな場面で活用が進む木材。持続可能な資源であり、建設・製造時のCO2排出量が少ない木材は、環境配慮の面からも今後活用が進むことが期待されています。科学技術の進歩とともに、さらに可能性の幅を広げていくであろう木材に、ますます熱い視線が注がれそうです。
<プロフィール>
カワハタユウタロウ
フリーライター。大学卒業後、編集プロダクション勤務を経て、E コマース・通販関連業
界紙の編集部に約 7 年間所属。その後、新聞社系エンタメニュースサイトの編集部で記者
として活動。2017 年からフリーランスのライターとして、エンタメ、飲食、企業ブランディングなどの分野で活動中。