当社サイトでは、サイト機能の有効化やパフォーマンス測定、ソーシャルメディア機能のご提供、関連性の高いコンテンツ表示といった目的でCookieを使用しています。クリックして先に進むと、当社のCookieの使用を許可したことになります。Cookieを無効にする方法を含め、当社のCookieの使用については、こちらをお読みください。

電気の力で25%治癒を早める…患部にペタッと貼るだけ「ばんそうこう」の最新技術

2024.09.20(最終更新日:2024.09.20)

読了時間目安 10

シェアする

一般的なばんそうこうに傷を早く治す効果はありません。基本的な機能は、傷口を外部の刺激から守ることです。少し高価なばんそうこうを使うと、傷を治すために分泌される体液を保持して早く治す効果も期待できますが、劇的に早く治癒したり、大けがのときに頼ったり……そこまでの期待はしないでしょう。しかし、現在開発されているばんそうこうは、従来のもののイメージを大きく覆します。今回は、ばんそうこうの最新技術をみていきましょう。

傷に貼るだけ…ばんそうこうは進歩がない!?

ばんそうこうは、擦り傷や切り傷などを保護し、治癒するのを助けるために使われる医療用の貼り薬です。自分が包丁や紙などで切って指をけがしたときや、子どもが膝にかすり傷を負ってしまったときなどに出番となるばんそうこう。使ったことがないという人は少ないでしょう。

一般的なばんそうこうは、傷を保護するパッド部分と、皮膚に貼り付けるための粘着テープから構成されており、この基本的なスタイルは長年にわたって変わっていません。現在も傷のケアでは、湿布や軟膏が多用されていますが、その原型である薬草や植物の成分を布に染み込ませ、体に貼り付ける治療方法は、中国やギリシャなどの古代文明のころから行われていたことがわかっています。

しかし、最近では新世代の「スマートばんそうこう」の開発が進んでいます。

電子回路で傷をモニタリングし、電気刺激で治癒を促す

まずは、スマートばんそうこうが、どのようなものなのかをみていきましょう。

スマートばんそうこうには、パッドやテープの部分に傷の状態や治癒の進行をモニタリングするセンサーや、電気刺激を送ったり、薬などを投与したりするためのデバイス、データを無線で送信する小型装置などが組み込まれています。従来のばんそうこうよりも短い期間での傷などの治療が見込めるのです。

これらの高度なテクノロジーは、軽い切り傷や擦り傷には必要のないケースが多いでしょう。しかし、病院での治療が必要なほどに重傷の褥瘡(じょくそう:同じ姿勢で寝たきりになるなど、皮膚が床に接して圧迫されることで生じるもの。床ずれとも呼ばれる)や、潰瘍(かいよう:病気のために粘膜や皮膚の表面が炎症を起こして崩れ、できた傷がえぐれたようになった状態)、長期ケアが必要な慢性化した傷などには、非常に役立つと考えられています。

すでに、海外ではいくつかのスマートばんそうこうの開発が進んでいます。その多くは、まだ初期段階ですが、試作品が発表されているものもあります。

そのなかのひとつである米スタンフォード大学の研究者らが発表したスマートばんそうこうは、センサーが傷の状態をチェックし、そのデータをもとに傷口に貼った電子回路が電気刺激を送ることで治癒を促し、傷痕の形成を抑えながら皮膚の再生を助けることを目指しています。ばんそうこうの本体には、マイクロコントローラーやバイオセンサー、メモリー、電気刺激装置、無線アンテナなどが搭載され、これらは柔軟なポリマー※であるハイドロゲルの上に配置されています。

※分子量の大きい分子。多数の繰り返し単位からなる高分子化合物のこと。「重合体」とも呼ばれる。ポリスチレンのような身近な合成樹脂から、DNAやタンパク質のような生物学的な構造や機能の基礎をなす天然の生体ポリマーまで多岐にわたるが、ここでは、合成樹脂を指す。

厚さは100ミクロン(0.1mm相当)と非常に薄く、直接皮膚に貼り付けられるようになっています。皮膚と接する部分は、必要なときにしっかりと接着し、体温より少し高くなると簡単に剥がれるように設計されています。これにより、傷をしっかりと治療すると同時に、治療完了後もばんそうこうを貼ったまま、といったことが避けられます。また、汗をかいても剥がれず、センシング機能にも影響はないそうです。

このスマートばんそうこうでは、微弱な電気を流して傷の治癒を促進する「電気刺激療法」が使われています。皮膚に微弱な電気で刺激を与えると血管が拡張し、血流が促進されることで傷の部分に酸素や栄養が供給され、治癒が促進されます。加えて、細菌感染の抑制や皮膚の最も外側である角化細胞の移動やコラーゲンの生成を促すことで、傷痕になることを防ぐなどの効果もあります。

つまり、スマートばんそうこうで電流の流れにくさや温度をモニターし、傷の状態をリアルタイムで把握したうえで適切な電気刺激を行うことで、回復時間が短縮されて感染リスクが減少し、よりきれいに治療ができる。従来のばんそうこうに比べて傷を短期間で、いい状態に治療することが望めるのです。

実際にマウスを使った実験では、スマートばんそうこうが傷の電流の流れにくさと温度を継続的にモニターし、傷の状態に合わせた電気刺激を提供できることが実証されています。その結果、従来のばんそうこうと比較して、25%以上も早く治癒が進むことが確認されています。

電気刺激以外の方法による治療も

電気刺激以外の方法で皮膚を治療する研究もされています。ノースウエスタン大学では、抗酸化作用や抗菌作用を持つ化合物による薬剤の投与ができるスマートばんそうこうが研究されています。

ほかにも、英国サウサンプトン大学の研究チームは、紫外線を使用して傷を滅菌するスマートばんそうこうの開発を進めています。

ペンシルベニア大学とラトガース大学の研究者が開発中のスマートばんそうこうは、抗生物質を遠隔で投与できる試みも行われており、感染が発生した際に早期に検知して治療をすることで、傷跡の形成を防ぐ効果が期待されています。

さらに、英サウサンプトン大学の研究チームでは、アトピー性皮膚炎を対象にセンサーで皮膚の水分の状態を観察するスマートばんそうこうの開発に取り組むなど、スマートばんそうこうを傷以外の治療にも活用する研究も進んでいます。

心臓に貼るばんそうこうで心臓病を治療

研究が進んでいるのは、スマートばんそうこうのように体の外側の傷に貼るものだけではありません。ばんそうこうと同じように臓器の表面にペタッと貼るだけで、病気を治すことを目指しているのが、「iPS細胞シート」です。

その代表的なものが、iPS心筋シート。「心臓のばんそうこう」とも言えるiPS心筋シートは、世界で初めてiPS細胞の作製に成功し、ノーベル医学生理学賞を受賞した山中伸弥教授と大阪大学澤芳樹名誉教授が協力し、10年以上の歳月をかけて開発されました。

身体のあらゆる部分の細胞をもとに、さまざまな臓器の細胞になる能力を持つのがiPS細胞です。

iPS心筋シートは、足から採取した細胞でiPS細胞を作成したうえで培養して増やし、心臓の筋肉細胞に変化させ、できあがった3,000万個にもなる心臓の細筋肉細胞がシート状になったものです。人の心臓と同じ構造の細胞で作られており、実際にも心臓と同じ働きをするため、体温に近い温度になると心臓のように自然と動き出します。つまり、心臓と同じ種類の細胞が同じメカニズムで動くのです。

この心臓のばんそうこうを使って、どのように治療をするのでしょうか。心筋梗塞などを起こした患者の心臓は一部が壊死してしまい、十分に機能しなくなった状態である心不全になることが多々あります。心臓のばんそうこうは、こうして心不全になってしまった患者の胸を開いて、動いている心臓の表面に貼り付けるだけなのです。貼り付けると接着剤の役目となるたんぱく質が発現し、15分程度で心臓に癒着。その後、半日程度で心臓からシートに血管が生えて、その血管を通して心臓が元気になる物質が分泌され、心臓の動きが回復するのです。シートを剥がす必要はなく、手術から3ヵ月程度で、心臓の機能は日常生活に支障のないレベルまで回復します。

実際にこの治療を受けた患者は、以前は日常生活でも肩で息をするような状態でしたが、治療後はゴルフをワンラウンド回っても、まったく問題がないそうです。現在は臨床治験の段階ですが、2024年内には薬事申請を行い、2025年の承認をめざしているようです。同様に、iPS細胞で作成したシートによる治療は、紹介した心不全の以外にも、目の加齢黄斑変性や角膜、網膜などの病気の治験も進んでいます。

可能性が広がる「貼る治療」の未来

近年では、傷が治る過程のより詳細なメカニズムの研究も行われています。そのひとつとして、傷などによって炎症を起こしている組織の温度は上昇し、同時にその温度が傷の修復を早めるための信号になっていることが発見されました。この発見により、スマートばんそうこうのようなデバイスを用いて、傷に赤外線レーザーや電気などで温度変化をさせることで、体の深部にできた損傷や、老化に伴って治癒しにくくなった傷の修復の誘導に応用することなども考えられます。

貼るだけで治療ができるテクノロジー。その進化に今後も期待しましょう。


関根 昭彦
医療ライター。大手医薬品メーカーでの医療機器エンジニアや医薬品MRなどを経て、フリーランスに。得意分野は医療関係全般。