睡眠不足が与える経済損失は15兆円
経済協力開発機構(OECD)が2021年に発表したデータによると、先進国33カ国のなかで平均睡眠時間が最も短い国は日本で、1日あたり7時間22分。特に女性のほうが男性よりも平均13分短いようです。
寝食を忘れて労働に励むことが美徳とされた時代もありましたが、日本人の睡眠不足が与える経済損失は年間約15兆円におよぶとの試算があり、睡眠不足は社会全体で取り組んでいかなければならない課題です。また厚生労働省は「健康づくりのための睡眠ガイド2023」で、「適正な睡眠時間の確保」と「睡眠休養感の向上」がすべての国民が取り組むべき重要課題だとの見解を示しました。
日本人の睡眠時間が短い理由には、睡眠に対する意識の低さやパソコン・スマートフォンの普及による夜型生活の加速などが挙げられます。特に夏場は寝苦しい夜が続き、睡眠の質の低下が懸念されます。そこで良質な睡眠を実現するための助けとなる、さまざまなテックや企業の取り組みをご紹介しましょう。
ウェアラブルデバイスで詳細な睡眠データの収集・分析が可能に
筑波大学・国際統合睡眠医科学研究機構を母体とするスタートアップ企業「株式会社S’UIMIN」は、脳波測定ウェアラブルデバイス※とAIを駆使した睡眠測定サービス「InSomnograf(インソムノグラフ)」を提供。
※手首や腕、頭などに装着するコンピューターデバイスのこと
睡眠時に装着した電極から得た睡眠データをAIが解析し、高精度で可視化します。また脳波による睡眠計測だけでなく、医師の評価やアドバイスとレポート、睡眠改善アドバイスがもらえるサービスも。
脳波測定に使用するウェアラブルデバイスは簡単に装着できるため、自宅などあらゆる場所で睡眠の質をはかることができるのが特徴。詳細な睡眠の質や睡眠障害リスクを手軽に知ることができ、企業の健康診断にも取り入れられ始めています。
睡眠状態を分析するサービスはほかにもあります。スタンフォード大学医学部精神科教授であり、同大学睡眠生体リズム研究所所長の西野精治が設立した「株式会社ブレインスリープ」は、睡眠時の動きに合わせたパーソナルな分析ができる「BRAIN SLEEP COIN(ブレインスリープ コイン)」を提供。コイン型のデバイスをクリップでパジャマに装着して計測したデータを、連動するアプリが解析して可視化します。
「睡眠の深さ」や「いびき」のような既存のスマホアプリのみで計測できる項目だけでなく、独自の睡眠ステージを判定するアルゴリズムとセンサーによって、「寝返りの回数」「寝ている時の体の向き」「寝床内温度」なども計測できます。これにより、どの向きで寝ているときに寝返りが多いか、快適に就寝している際の寝具内の温度など、より詳細な分析が可能です。さらに睡眠状態から問題点を導き出し、睡眠改善のアドバイスをスマホアプリから見ることができます。
スマートウォッチを利用した睡眠トラッキングはこれまでもありましたが、より詳しい計測は医療機関や施設など、特別な設備がないとできないものでした。しかしスリープテックの進化は、睡眠中のあらゆるデータを自宅で簡単に計測・分析することを可能にします。
寝室環境や寝姿勢の研究からそれぞれに適した寝具を開発
寝具メーカーの「西川」は、同社の研究機関・日本睡眠科学研究所で、理想的な寝床内温度や湿度を明らかにするための実験を重ねてきました。その結果導き出されたのは、「温度33℃±1℃」「湿度50±5%RH」という数値。寝具によって体の周囲に作られる寝床内環境をこの数値内に保つことができれば、快適な睡眠が得られやすいとわかったのです。
さらに、寝具からも快適な眠りを提供するための研究も行っています。横になったときに体の一部分に負担がかかりすぎず、自然で無理のない姿勢を「快眠ライン」と呼びます。快眠ラインの実現には、敷寝具や枕によって最適な体圧分散と正しい寝姿勢の保持を同時に実現しないといけません。体型や体重は人によってさまざまなため、寝具選びも人それぞれですが、日本睡眠科学研究所では2つの条件をより簡単に満たすことができる機能性寝具を開発しています。
新しい高機能敷き寝具として好評の「4層特殊立体構造マットレス」。中芯のウレタンフォームの構造は、睡眠科学から生まれた独自の工夫が凝らされており、体圧分散や寝姿勢保持、寝床内環境の適正化を高め、敷き布団に求められる機能をより効果的に発揮します。また、店舗では、スリープマスターという資格を持ったスタッフが、一人ひとりに合った寝具を提案してくれます。3Dスキャナーや、体圧分散機を使用し、エビデンスに基づいた自分にぴったりの商品がわかるのです。
ここまで来たか…特許技術の最新マットレス
最後に、業界初のユニークなテックを盛り込んだマットレスをご紹介します。「KOHYOHLIFE(コーヨーライフ)」が開発した「TECOREA(テコリア)」は、特許技術の多機能循環機を搭載したマットレス。マット内に自然の風を循環させて温度や湿度を調節することで、季節を問わず快適な寝具環境を作り出します。
寒い冬は温風モードで20℃~37℃の範囲で温度調整が可能です。風の温度は専用リモコンで1℃ずつ調節でき、最適な温かさを保てます。また送風モードを使えば熱や湿気を効率よく外部へ排出するため、夏や梅雨時など湿気がマット内にこもりがちな季節も湿度とともに温度も下げられるのが利点。エアコンと併用すれば、マットレス内部を室内温度と同程度の温度・湿度に保つことが可能です。
また、就寝中は汗や体温でマットレス内の湿度や温度が上昇します。そのままではカビやダニの温床になりやすい環境のため、マットレスを干したり除湿シートなどを使用したりしている人もいるのではないでしょうか。テコリアは多機能循環器によってマットの下側にある吸気部から空気を取り入れて湿気を排出するため、常に快適な湿度をキープ。定期的な天日干しや除湿シートの交換など、メンテナンスの手間は必要ありません。さらに布団乾燥・ダニ対策モードも搭載し、50℃前後の温風を4時間放出することでダニを98%死滅させられます。
個人差や年齢、季節などによって差は生じますが、理想の睡眠時間は6~9時間といわれています。しかし、ただ長い時間横たわればいいというものではなく、ぐっすりと眠れて疲れが取れた実感があるかどうか、すなわち「良質な睡眠」を取ることが重要です。
スリープテックの進化や各企業の睡眠に対する取り組みは、私たちに睡眠時間の確保と睡眠の質向上をもたらし、日本人の睡眠負債返上を叶えてくれるかもしれません。
吉田康介(フリーライター)
IT・テック系を中心に、各種Web媒体で記事を執筆。大学では社会学を専攻し、その後IT系のメーカー勤務・編集プロダクション勤務を経て独立。
フリーライターとして活動中。「最新テクノロジーと食文化」、「最新テクノロジーとスポーツ」など、テクノロジーとその他のジャンルをかけ合わせた記事を得意としている。