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東アジアにチャンス到来! 民間企業が切り拓く「宇宙ビジネス」新時代

2024.07.31(最終更新日:2024.07.31)

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宇宙開発から宇宙ビジネスへ、時代は転換点を迎えています。米国がリードする宇宙ビジネスですが、日本であまり知られていないのが中国です。衛星を使った次世代インターネット網、特殊な衛星電話ではなく一般の携帯から衛星を通じた音声通話、低コストかつ高性能となったリモートセンシング衛星を使った農業の収穫予測、その予測に基づいた保険、高精度な位置特定に基づき自動運転、環境汚染の監視など、その応用範囲は広大です。宇宙ビジネスの成長期を迎えた世界の現状、その有力なプレイヤーでありながら宇宙ビジネスとしては未知の国である中国の台頭を中心にお伝えします。

成長する宇宙ビジネス

「宇宙ビジネス」という言葉をご存知でしょうか。

AI(人工知能)や半導体ほどではないにせよ、書店に行くとかなりの数の本が並んでいるなど、盛り上がりを見せているビジネス・ジャンルです。モルガン・スタンレーの報告書「Space: Investment Implications of the Final Frontier」(宇宙:最後のフロンティアへの投資インプリケーション)は、宇宙ビジネスの市場規模は2016年の3,391億ドルから2040年には1兆1,039億ドルへと大きく成長すると予測しています。

「Space: Investment Implications of the Final Frontier」(宇宙:最後のフロンティアへの投資インプリケーション)より(クリックで外部へリンクします)

いったい宇宙でどのようなビジネスができるのでしょうか? 私たちにとってなじみがあるのは衛星テレビや気象衛星による天気予報でしょう。また、日本でもサービスが始まった衛星インターネット、あるいは企業家の前澤友作氏が話題となった宇宙旅行が思い浮かびます。宇宙旅行なんてSFの世界の話のようですが、ブルーオリジンやスペースXなどの宇宙ベンチャーはすでにこの夢を実現しています。

といっても、旅行は巨大な宇宙ビジネスのほんの一部に過ぎません。前述のモルガン・スタンレーの報告書は2040年の宇宙ビジネスの用途別の内訳を以下のように予測しています。

・通信網 4,120億ドル
・地上設備 2,140億ドル
・政府関係 1,810億ドル
・テレビ 1,030億ドル
・衛星ブロードバンド 850億ドル
・その他 1,090億ドル

最大の価値を生み出すジャンルは通信です。前述したような、庭にアンテナを置くだけでパソコンやスマートフォンを使ったデータ通信が可能となる衛星ブロードバンドもインパクトがありますが、現在海底ケーブルが担っている国を超えた大容量のデータ通信も一部が衛星経由に代替される可能性があります。

また、低価格で高精度の測位データや観測データがもたらされることによって、新たな産業を生み出す基盤になることが期待されています。自動車の自動運転、ドローンを使った配送やインフラ点検のためには測位データの精度はきわめて重要です。また、観測データの向上によって航空機に頼らずとも、地表の正確かつリアルタイムな観測が可能になります。防災、環境対策、あるいは固定資産税の調査などなど、活用範囲は広大です。

特にキモとなるのはリアルタイムという点。これまでは人工衛星の数が少なかったため、ちょうど目標地点の上空を通過している間しか観測できませんでしたが、宇宙ビジネスが発展し無数の衛星が飛び回るようになると、24時間フルタイムで観測できるようになるのです。

国家主導の宇宙開発から民間企業主導の宇宙ビジネスへ

宇宙ビジネスに熱視線が注がれるようになった背景には、かつての国家主導の宇宙開発から民間企業主導の宇宙ビジネスへと切り替わったことがあります。宇宙開発を「オールドスペース」、宇宙ビジネスを「ニュースペース」と呼ぶこともありますが、プレイヤーの変化は革命的な転換をもたらしています。

民間企業はコスト意識が高く、その努力によって打ち上げコストの大幅な削減が続いています。部品を安価な民生品に置き換える、ロケットの一部を回収し再利用するなどの技術革新が続いています。1980年代には1キログラムの荷物を低軌道にまで送りこむために必要なコストは約10万ドルでしたが、現在では2000ドル前後にまで低下しています。

打ち上げコストも劇的に安くなりましたが、荷物、すなわち人工衛星の軽量化、小型化も進んでいます。小さな箱程度の超小型人工衛星まであるほどです。そうした小型衛星を大量に打ち上げて運用する衛星群(コンステレーション)という手法も確立されました。安価でありながらも高いパフォーマンスが発揮されるようにもなっています。衛星群活用で代表的な企業が米スペースXのスターリンク社です。現在、6000機もの衛星を運用していますが、最終的には4万機以上を打ち上げる計画です。

テクノロジーの進化がもたらしたコストの削減によって、コスト度外視の国家事業から企業が取り組むビジネスへと転換する下地が作られたわけです。

次世代産業として宇宙ビジネスを掲げる台湾

これまでは欧米が牽引してきたニュースペースですが、今後は東アジアのキャッチアップが予想されます。というのも、人工衛星は電子機器の塊です。電子機器の製造、量産は東アジアが強い分野だからです。

スマートフォンやパソコンの受託製造で知られる、台湾の鴻海(ホンハイ)は人工衛星の製造にも進出しました。昨年12月にはその人工衛星が打ち上げに成功しました。アップルが設計したiPhoneの製造を請け負ったように、世界の宇宙ベンチャーが必要とする人工衛星の製造を代行するビジネスに可能性を見いだしています。ホンハイだけではなく、オール台湾の取り組みも目立ちます。今年5月に就任した頼清徳新総統は次世代産業として宇宙ビジネスをあげるなど、台湾全体でこのニュービジネスで取り組む戦略を示しました。半導体製造で成功したように、宇宙ビジネスでも台湾の価値を高めたいと考えています。

盗掘予防、古代遺跡の発見も! さまざまな分野で活用される中国の宇宙ビジネス

「世界の工場」中国の動きも目覚ましいものがあります。中国は長年、国家主導の宇宙開発が進められてきましたが、2010年代半ばからは民間企業の参入が目立っています。例えば、零壹空間(One Space)は2018年5月に自主製造のロケットの打ち上げに成功しましたし、蓝箭航天(LandSpace)は再利用可能なロケットのテストを着々と成功させています。

アプリケーションでも興味深い活用が見られます。通信機器・端末大手ファーウェイは世界初となる一般携帯電話での衛星音声通話を実現しました。ごくごく一般的な携帯電話で衛星経由の音声通話ができるのは驚きです。衛星ブロードバンドの取り組みもスタートしています。2021年には中国衛星網絡集団が設立されました。2万6,000機の人工衛星を打ち上げ、衛星ブロードバンドサービスを実施する中国版スターリンクを計画しています。中国衛星網絡集団は国有企業ですが、民間企業の銀河航天も衛星ブロードバンド事業に乗り出しました。打ち上げた衛星はまだ7機ですが、すでに試験サービスを実施しています。

衛星ブロードバンド以外でも、人工衛星からのセンシング技術を活用した、さまざまな用途のものが開発されています。衛星から地表や大気、海洋の状態を把握するコストがさがったことで、いろいろな応用方法が生まれているのです。

中国ならではの面白い活用としては、東北地理・農業生態研究所による泥炭盗掘防止ソリューションがあります。広い中国では監視の目が行き届かないため、資源の盗掘が防げないのが悩みのタネ、衛星からのセンシングによって盗掘があればすぐに確認できます。

また、200機以上もの衛星を保有する北京攬宇方圓はニーズにあわせた多くのソリューションを提供していますが、その中には古代遺跡発見というユニークなものも。遺跡は開発の過程で見つかることが多いのですが、人が住んでいない荒野に眠っている遺跡を探し当てることは困難でした。人工衛星からのセンシングで古代に建築がなされていた痕跡などを発見することができるようになりました。

他にも衛星とドローンを活用し、航空写真で洪水などの天災による被災額を推計し速やかに保険金支払いを提供する平安保険のソリューションも注目を集めています。今年もそうでしたが、中国では毎年、洪水や台風による被害が続いています。広い地域が被災した場合、被害確認だけでも一苦労です。空からの確認ならば、被害確認の時間を一気に短縮できるというわけです。

中国はスマートシティの取り組みに積極的なことで知られています。防犯カメラや身分証に基づくデータを統合して、人間と社会の動きを完全にデジタルデータとして記録する、いわゆる「デジタルツイン」が究極の目標です。現実世界の状況をデータとして把握する手段として、宇宙の目は欠かせないものとなっています。たとえばトラックやゴミ収集車の移動はすべて衛星測位に基づくリアルタイムのデータとして収集されています。スマートシティという大きな需要は、宇宙ビジネスに取り組む中国民間ベンチャーにとっては大きな追い風です。

そして、日本。宇宙開発の先進国でありながらも宇宙ビジネスでは出遅れたという点では中国に似ている部分もありますが、月を探査しその資源を活用して宇宙インフラを構築することを目指すispace、小さな衛星の大量打ち上げに適した小型ロケットに特化したスペースワンなど注目される民間企業も登場しています。宇宙開発に関する技術と人材の蓄積、電子機器製造の強みを生かした今後の展開が期待されます。


[プロフィール]
高口 康太
ジャーナリスト、千葉大学客員准教授。2008年北京五輪直前の「沸騰中国経済」にあてられ、中国経済にのめりこみ、企業、社会、在日中国人社会を中心に取材、執筆を仕事に。クローズアップ現代」「日曜討論」などテレビ出演多数。主な著書に『幸福な監視国家・中国』(NHK出版、梶谷懐氏との共著)、『プロトタイプシティ 深圳と世界的イノベーション』(KADOKAWA、高須正和氏との共編)で大平正芳記念賞特別賞を受賞。