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幻滅期のブロックチェーン、中国の社会実装が示す新たな可能性

2024.07.17(最終更新日:2024.07.17)

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ブロックチェーン、Web3はどのように社会を変えるのか? ビットコインなどの仮想通貨投資は定着したものの、それ以外の応用についてはいまだに形が見えず、一時期の熱気を失ったような印象だ。 この問題を考える上で、興味深い先行事例となるのが中国。「暗号通貨は絶対禁止」の一方で、「ブロックチェーン大国を目指す」という方針を持ち、まさに暗号通貨以外のブロックチェーン社会実装に真っ向から取り組んでいるからだ。 今年、発表された政府報告書「2023年ブロックチェーンイノベーション応用事例」には60件以上もの導入例が紹介されている。脱炭素、行政サービス、食品トレーサビリティ、知財管理など、さまざまな分野の事例があるが、中国の事例を紹介するとともに、日本社会のブロックチェーン実装の未来予測について、ジャーナリストの高口康太氏が解説します。

ブロックチェーンのステージは? ガートナーの「ハイプサイクル」

ブロックチェーン、NFT、メタバース、Web3……これらブロックチェーン技術を基盤にしたバズワードはほんの1、2年前まではメディアでよく見かけるホットトピックでしたが、最近見かけるのはAI(人工知能)の話題ばかりで、あまり目にしない言葉となってしまいました。ビットコインに代表される暗号通貨だけは投資対象として定着した印象ですが、「世界を変える革命的テクノロジー」と騒がれていた、これらの技術はどこに行ってしまったのでしょうか。

「ハイプサイクル」という言葉があります。米コンサルティング企業ガートナーが生み出した用語で、新たなテクノロジーの誕生から普及にいたるまでを黎明期、過度な期待のピーク期、幻滅期、啓発期、安定期という5つのステージに分けています。新技術が登場し、その将来的な可能性への注目が高まると、その期待は非現実的なレベルにまで高まり投資が殺到するピーク期を迎えます。しかし、なかなか期待に見合った成果は得られず失望が広がっていくという幻滅期を“必ず”迎えるというわけです。そこで終わってしまう技術もあるわけですが、なお頑健に生き延びた技術はゆっくりと成熟度を高めながら普及していきます。

ガートナーが発表したプレスリリース「日本における未来志向型インフラ・テクノロジのハイプ・サイクル:2023年」(https://www.gartner.co.jp/ja/newsroom/press-releases/pr-20230817)より引用。

2023年8月にガートナーが発表した「日本における未来志向型インフラ・テクノロジのハイプ・サイクル:2023年」によると、前述のブロックチェーンを基盤とした技術はいずれも幻滅期に入っています。熱狂的な祭りが過ぎ去った後、成熟した発展へと立ち直れるのか、それともひっそり消え去っていくのかという岐路にあるわけです。

なぜ、これらの技術は失望されたのでしょうか。大規模なシステムの実装が難しい、運用コストが高いという技術的課題をなかなか解決できないのも一因ですが、最大の問題は「適切な利用シーンが見つからない」ことにあります。

ブロックチェーン技術には、
・国や大企業など単一の管理者に依存しない「脱中心性」
・誰でも記録を検証できる「透明性」
・記録の改ざんが難しいという「普遍性」
という特長があります。

従来の仕組みでは管理者がデータを改ざんしようとすればできてしまうという不安がありますし、管理者側から見ても自らの持つデータの真実性を保障するのが難しいという欠点がありました。今までの技術にはない強みがあるだけになにかすごいことを起こせそうな道具ではあるのですが、どのような場面でどのように使ったらいいのか、ぴったりはまるモノが見つかっていません。

世界中の多くの企業が突破口を開こうと試行錯誤を続けているので、いつかは突破口が見つかるのではと期待しています。その意味でもっとも注目すべき存在は中国かもしれません。

習近平総書記も出席 中国でブロックチェーンの勉強会が開催

2019年10月、中国共産党中央政治局において、「ブロックチェーン技術発展の現状と趨勢」をテーマとした学習会が開催されました。中国共産党中央政治局とは習近平総書記を筆頭に中国共産党の最高幹部が集まる組織です。国のトップがブロックチェーンの勉強会を開いていることにも驚かされます。席上、習近平総書記は「ブロックチェーン技術のアプリケーション統合は、新たな技術革新と産業変革において重要な役割を果たす」と指摘し、国としてブロックチェーン技術の開発と発展に取り組むよう訓示しました。その後、第14期5カ年計画など国の重要政策にはブロックチェーンが取りあげられるようになったほか、地方政府レベルでもブロックチェーン推進政策を展開しています。

その一方でビットコインなどの暗号通貨は禁止されました。海外の取引所を使って投資している中国人も一定数いますが、中国本土在住者に対する暗号通貨の販売や仲介ですら刑事罰に問われるという厳しい規制だけに、暗号通貨投資は下火となっています。

つまり、世界ではもっとも主流の用途である暗号通貨という利用法を禁じた上で、別の利用シーンを模索しているわけです。イーサリアムなど国際的なブロックチェーン・インフラを使わず、中国独自のインフラを築いている点は異質ですが、利用シーンの模索という意味で見ると、世界の国々にとってまたとない教科書となっています。

中国で利用されているブロックチェーン技術の例

では、中国はどのような形でブロックチェーン技術を利用しているのでしょうか。今年2月、中国共産党中央ネットワーク安全情報化委員会弁公室は「中国ブロックチェーン応用事例集2023年版」を発表しました。66件ものブロックチェーン技術利用事例を紹介しています。

いくつかご紹介しましょう。

・生態環境データ・ブロックチェーン・固証プラットフォーム
河北省衡水市では市政府環境関連部局や警察と共同で企業の汚染物質排出状況などをブロックチェーンで記録しています。排水を検査する専門のデバイスを開発し、いつ、どこで収集したデータなのかがリアルタイムでブロックチェーンに記録されます。政府機関ですら改ざんできない環境データを記録することで、裁判になった時にもこのデータは従来以上に強力な証拠となります。また、単一の管理者がいない分散型台帳の利点を生かし、複数の政府機関と企業のデータを自動的に突き合わせることもメリットです。

・教育デジタルデータ信頼サービスプラットフォーム
現在、河南省鄭州市と北京市の計6大学で採用されているソリューションで、学生や授業に関するデータを共有する仕組みです。異なる地域の異なる大学に所属する学生の在学証明や成績をオンラインで証明できることで、就職やインターンの際に必要な証明書の発行などが簡便化されます。また開講する授業のリストを共有化することで、重複する授業については併合し、リモートで受講し単位を取得することもできます。授業数を減らす経費削減の効果もあるとのこと。試験成績や単位認定についてはブロックチェーンで安全に共有されます。単一の管理者がいない脱中心化の特長から、複数の大学が安全にデータを共有できるのが強みです。

・中国伝統薬代理煎じサービス
伝統医学に基づく薬品は錠剤やカプセルだけではなく、材料を煮出して飲むという昔ながらのモノもあります。専用のポットなども売られていますが、それでも手間なので病院が代わりに煮出して患者宅に配送するのが一般的なのだとか。ただ、こうしたサービスを使う患者には「この煮出した薬には、本当に高価な伝統薬剤料が使われているのか?」と疑心暗鬼になる人が多いことが課題となっていました。確かに煎じ終わった、茶色い液体だけ見ても何の薬なのか素人にはわかりません。このシステムでは薬の卸売事業者や病院、配送業者などの作業記録をブロックチェーンで記録し、改ざん不能な信頼できるデータとして患者が確認できるようにしています。

・ブロックチェーン地域診療プラットフォーム
小さな病院で診察を受けた後、重病の恐れがあるとして大病院に転院する。その後、最初の病院で受けたものと同じ検査を受ける二度手間に閉口する。日本でもよく聞く話ですが、中国でも社会課題として認識されていました。江蘇省では病院間のカルテや検査結果、処方せん記録などをペーパーレスかつ安全に共有する仕組みを構築しました。重複検査を減らし、また病院間で診療記録や見解を共有することで医療の質と効率を向上させることを期待しています。

ここで紹介したのはごく一部の事例で、他にも食品トレーサビリティや製造業サプライチェーン管理、はたまた税金支払い記録などさまざまな分野での取り組みがあります。

脱中心化の特長を生かした、複数の機関や企業によるデータ共有。透明性と普遍性を生かした、信頼できるデジタル記録。ここにポイントを置いて、さまざまな社会実装を試みているわけです。

ブロックチェーンで信頼を証明することで付加価値が生まれる

報告書に記載されている事例ではありませんが、私がお気に入りなのは民間企業が開発した、ブロックチェーン・ベビーシッター・評価システムです。ベビーシッターの派遣サイトを見ると、今までの雇い主からの口コミ評価がついているのですが、この評価は本当に信頼できるのでしょうか。派遣サイト側からすれば、高評価のベビーシッターをたくさんそろえたいという動機があるので悪い口コミは消してしまうかもしれません。そこでブロックチェーンを使えば、会社側でも改ざんできない評価システムができるというわけです。

14億人の人口大国である中国には悪徳事業者や詐欺師もたくさんいます。ですから中国人は猜疑心が強い人が多いのも当然なのですが、ブロックチェーンで信頼を証明することができれば、付加価値が生まれるという考えがあるのでしょう。

日本とは文化が違うのでそのままコピーするのは難しい事例もありますが、それでも多様な発想で社会実装を試みる中国の取り組みは一見の価値あり、です。



[プロフィール]
高口 康太
ジャーナリスト、千葉大学客員准教授。2008年北京五輪直前の「沸騰中国経済」にあてられ、中国経済にのめりこみ、企業、社会、在日中国人社会を中心に取材、執筆を仕事に。クローズアップ現代」「日曜討論」などテレビ出演多数。主な著書に『幸福な監視国家・中国』(NHK出版、梶谷懐氏との共著)、『プロトタイプシティ 深圳と世界的イノベーション』(KADOKAWA、高須正和氏との共編)で大平正芳記念賞特別賞を受賞。