世界初!3Dプリンター住宅でひとつの街が誕生

去る2021年3月、アメリカのオースティンで3Dプリンター住宅が販売されました。3Dプリンターは住宅建築の現場で、プレゼンテーション用デザイン模型の作成に活用されています。しかし住宅建築そのものに3Dプリンターを活用し、販売した例はそれまでありませんでした。
住宅の規模は2LDKと4DKの2種類。バイオプラスチックや粘土など多彩な素材が活用され、洪水や防風、そして火事などの災害に対し、高い耐久性を実現しています。従来の住宅建築法とは大きく異なる3Dプリンター住宅の登場に、世界は驚嘆しました。
さらに今後はカリフォルニア州のコーチェラ・バレーに、3Dプリンター住宅が15軒建設され、ひとつの街が誕生する予定だといいます。カリフォルニアでは近年、住宅の不足と価格高騰が社会問題化しているため、このプロジェクトへの期待は高まる一方です。各戸にはプールとデッキが標準装備されているほか、対候性素材の採用、そしてソーラーパネルや浄水機能など、充実した設備の設置が予定されています。
建築の常識が変わる!? 3Dプリンター住宅が秘める驚くべき可能性

「3Dプリンター住宅って何がすごいの?」「従来の住宅と同レベルのクオリティを実現できるの?」という点は気になって当然でしょう。そこで3Dプリンター住宅事業を積極的に推進する米ICON社の例を見ながら、その特徴をみていきましょう。
建築スピードが早い
3Dプリンター住宅が建設に要する時間は、1週間程度。一般的な住宅の建設が数ヵ月~半年程度かかるのに比べ、驚異的なスピードです。
ICON社は建築用3Dプリンター「Vulcan2」を内製し、商用化にも成功しています。同社のプリンターは設計データを読み込むと、強固なポルトランドセメントベース素材をプリントアウトしながら積み重ねていくため、鉄筋など他の建築材を必要としません。プリンター本体は大型トラック並みの大きさですが、一台あれば充分事足ります。タブレット操作で24時間稼働も可能、そして建築後、内装を整えるのに時間を要したとしても、入居までに数週間程度あれば充分です。そのスピードは、仮設住宅の迅速な建設が求められる災害現場でも大歓迎されるでしょう。
住宅建設の大幅なコストダウンを実現
「マイホームは一生に一度の買い物」と言われるほど、住宅建設には本来、費用がかかります。数十年単位のローンを組み、返済に四苦八苦している人も、決して珍しくありません。
3Dプリンター住宅は、住宅建設の大幅なコストダウンを実現しています。先述のように、建築材やその運搬を最小限に抑えた建設が実現するほか、スピーディな工程で人件費も削減可能です。3Dプリンター住宅がスタンダードとなり、マイホームの気軽な所有、建て替えが当たり前という時代は、すぐそこまで来ているのかもしれません。
個性的なマイホームづくりにも貢献
3Dプリンター住宅は、デザイン性の高さも魅力のひとつ。素材を多層化しながら住宅を建設していくので、曲線表現も可能です。この特性は、狭小地における住宅づくりにも役立つと考えられています。
世界中の住宅問題を解決へ導く!3Dプリンター住宅のポテンシャル

従来の住宅建築方法を大きく刷新する3Dプリンターには、世界中で噴出している住宅問題を改善に導くポテンシャルが秘められています。そのメリットは、スピードや費用に留まりません。
データで最新デザインを共有可能
3Dプリンターは、読み込んだデザインデータを基に住宅を建設します。つまり本体とデータさえあれば、世界中で時間差なく最新デザインの住宅データを共有することが可能です。
またICON社は、世界各国で原料調達可能な「ポルトランドセメント素材」をベースとした家づくりを推進しています。この材料は、他の建築材にひけを取らない強度が自慢です。「水と添加剤、そしてポルトランドセメントベース素材を混ぜ合わせ、プリンターへ供給すればOK」という、2次元プリンターのインクにあたるシステムも構築済みです。
このように、汎用性の高い3Dプリンター住宅が浸透すれば「十数億人が住宅難に悩む」という世界的な問題が大きく改善されるでしょう。すでにICON社は「メキシコの貧しく洪水被害が多い農村地帯に、3Dプリンター住宅を安価で提供する」という試みをスタートさせています。
3Dプリンター住宅の建設は環境に優しい
先述のように、3Dプリンター住宅は建築材を最小限に抑えた、スピーディな家屋づくりを実現します。従来の方法に比べ、建築に伴う廃材が90%以上減少するほか、運搬車の排気ガスも削減。3Dプリンター住宅が世界的に普及すれば、建築が環境に与えるダメージを、大幅に減少させることができます。
ついに日本でも3Dプリンター住宅が販売へ

現在のところ、アメリカ主導で開発が進んでいる3Dプリンター住宅ですが、ついに日本でも販売が開始されました。日本初の3Dプリンター住宅を世に送り出したのは、兵庫県西宮市に本社を構えるセレンディクス株式会社です。
建築基準法がハードルに
「スフィア」と名付けられたその住宅の広さは、わずか10平米。スフィアは、グランピング施設として販売されました。価格は300万円、建築の所要時間はわずか23時間程度だといいます。
スフィアが居住を目的に開発されなかったのには、理由があります。日本の建築基準法では、基礎や主要構造部などに、木材、鋼材、コンクリートなどの建築材を使うことを義務付けているからです。従来の建築材に捉われない3Dプリンター住宅のような建築は、個別に国土交通大臣の認定を受けなくてはなりません。「建築基準法外の建物」として是非を問われないのは現在、10平米以下の場合のみとなっています。
このためスフィアには、水回りの設備もありません。しかしスマートロックや電力自給システムなど、気鋭の最先端システムが取り入れられており、日本の3Dプリンター住宅の明るい未来を予見させてくれます。
耐震性も要確認、されど…
日本で3Dプリンター住宅を普及させる際、もうひとつの懸念事項となるのは耐震性です。地震大国の日本では、既存のハウスメーカーがこぞって地震に強い住宅づくりに取り組んでいます。いまのところ海外の3Dプリンター住宅は基礎工事を行わず、鉄筋などの建材も使用しないため、耐震性については不安が残るでしょう。日本では、日本の気候風土に合わせた3Dプリンター住宅づくりを、独自に考えていく必要があるのです。
このように、解決すべき課題は多いのですが、セレンディクス株式会社以外にも総合建設会社として知名度の高い株式会社大林組が、3Dプリンター住宅の開発に着手しています。同社は建築基準法に基づく国土交通省認定を取得するという、大きな一歩を踏み出している段階です。
住宅に関する悩みを改善し、非常時の仮設住宅としても活用可能な3Dプリンター住宅。日本には「大型自然災害発生後の備え」として、その開発を推進する理由があります。少子高齢化による労働力減少問題にも、人員や工数を大きく削減できる家づくりへの需要は高まっていくでしょう。3Dプリンター住宅の今後に注目です。
[プロフィール]
西本不律
東京都出身。雑誌編集部、編集プロダクション、IT企業クリエイティブを経たのち、フリーランスライターとして活動中。